静まり返った廊下にローファーの音を響かせながら、少女はグレーのスーツの背中を追う。陽の光にキラキラと輝く色素の薄い髪、左右で色の違う瞳、真っ白な肌。ガラスに映る麻理子の姿は、どこからどう見ても日本人のそれではなかった。

「ねぇ、先生」
「え?」
「知らなかったでしょ。アタシが日本語喋れるって」
「え?あぁ…え?」

呼び止めた麻理子に、担任である遠山は目をキョロキョロと泳がせている。

「喋れるわ。日本人だもの」
「え?あぁ…日本人だっけか」
「そうよ。でも、クラスの皆には秘密にしておいてね?」
「…何で?」
「面倒だから。どうせすぐに引っ越すだろうし、友達なんか要らないわ」

ふいっと顔を背けた麻理子の横顔が、何だか悲しげで。突然知らされた事実に驚いたものの、この学園の中でも比較的若い年代に入る教師の遠山は、話の呑み込みが早かった。

「…楠」
「なぁに?」
「友達作ろうな、いっぱい」

思わず視線を合わせてしまったものの、あまりに遠山が真面目な顔をしているものだから、麻理子はフンッと鼻を鳴らして笑った。そして、長い髪を掻き上げ、挑発的な目を遠山に向ける。

「Nonsense!」
「え?」
「バカバカしいって言ってんの。アタシのことは放っておいて」

伸ばされた右手を払い除け、麻理子は視線を窓の外に向けた。

「楠?」
「だから日本人って嫌いなの」
「お前も日本人だろ?」
「日本なんてほんの数年しか住んでないわ。大嫌い」

静かな廊下に響く麻理子の靴音が、遠山には何故か悲しげに聞こえた。