そこに、カツカツと歩み寄る足音が一つ。


「ねぇ、姫。メイク道具もプレゼントしようか?」


背後から声を掛けられて顔だけを振り返らせると、何やら大きな黒い箱を持った人物がにっこりと笑っている。

女の人みたい…と、撮影前に自分の髪や顔を散々弄り倒したその人物と向かい合った。

「姫?」
「うん。ハル王子のお相手だから姫でしょ?君は」

その言葉に、千彩はうーんと首を傾げる。
晴人が王子と呼ばれるのは納得がいく。あんなに綺麗で、優しいのだから。
けれど、自分はどうだろう。少し考え、千彩はフルフルと首を振った。

「ちさは、お姫様じゃない…です。お姫様はもっと…可愛いから」
「そう?俺にしてみれば君も十分可愛いけどね」

伸ばされた手に、少しだけ千彩が体を強張らせる。それに気付いたメーシーがスッと手を引き、膝に両手をついて千彩の顔を覗き込んだ。

「別に取って食いやしないよ?安心して?」
「あ…はい」
「はははっ。ちーちゃん緊張してんのか?らしないなぁ」
「だって…」

陽気に笑う恵介を振り返り、千彩はぶぅっと頬を膨らせる。そんな姿を見て、メーシーの表情が緩んだ。にっこりと笑い、優しい声で千彩を諭す。

「大丈夫。俺もKEIと一緒で王子の友達だから」
「はるの…お友達?」
「そう、お友達」

微笑むメーシーには、晴人とはまた雰囲気の違った美しさがあって。

緩やかにパーマのかかった茶色い髪と、色素の薄い切れ長の瞳がとても美しい。

じっと見つめ、千彩はふぅっと恍惚の吐息を漏らした。

「どうしたの?」
「オニーサン…美人」
「美人?そりゃ大した褒め言葉だね」

ふふっと笑い、メーシーは千彩の頭をそっと撫でる。そして、後ろでポカンと間抜けに口を開いている恵介にふぅ…っとため息を零した。

「何?ケイ坊」
「あぁ、いやー…」
「言いたいことがあるならどうぞ?」
「いやー…メーシー…ちーちゃんはハルのやからその…」

口ごもり、恵介はガシガシと頭を掻く。
どうやら恵介は、千彩とメーシーがお互いに興味を持ち始めたことを懸念しているようで。すぐさま千彩を引き寄せ、庇うように自分の後ろに置いた。
その様子に、千彩が首を傾げる。

「けーちゃん?」
「ちーちゃんはハルが好きなんやんな?」
「ん?うん」
「な?本人もこう言うてることやし…」

言い難そうに言葉を続ける恵介に、メーシーは再度、更に深いため息を吐いた。


「バッカじゃねーの、お前。んなこと思ってるわけねーだろ」


口調が一変した目の前の人物に、今度は千彩があんぐりと口を開ける。
それに気付いたメーシーが、おっと…と再び優しい笑みを戻し、手に持っていた黒い箱を開いて見せた。

「好きなの選んでいいよ?ここにあるのは全部使いかけだから、新しいの出してあげる」
「えっ…でも…」
「遠慮しなくていいよ?姫が綺麗になったら、王子も嬉しいんじゃないかな」

そう言われると、謀らずも晴人が大好きな千彩はいとも簡単に絆されてしまって。半身を乗り出し、メーシーの広げる箱の中身を覗き込もうとした。
けれど、恵介の様子が気になって。ピタリと腰に巻き付くと、お伺いを立てる。

「けーちゃん、あれ見てもいい?」

不安げに問われ、恵介が断れるはずもなく。コクリと首が縦に振られたのを確認して、千彩はそっとメーシーの前へと足を踏み出した。

「姫は自分でメイク出来る?」
「…出来ない」
「そっか。じゃあ俺が教えてあげるよ。こっちおいで」

いいの?と目を輝かせる千彩に、メーシーがゆるりと微笑む。そんな二人の姿に恵介がふーっと重いため息を吐くも、到底それは楽しげに去って行く二人には届かない。

何もありませんように…と、恵介はただただ祈った。