朝食を済ませ少女から貰ったプリンを満足げに頬張る千彩に、カウンターに置きっぱなしだったデジタルカメラを向ける。シャッターを切る音に驚いて目を丸くする千彩を安心させるように、晴は八重歯を覗かせて笑って見せた。

「それ、何?」
「ん?カメラ。見たこと無い?」
「それがカメラ?」
「テレビとかで見たこと無い?宣伝してるやろ?」
「ああっ。あるかも。へぇー」

わかりやすく言えばカメラマン。
厳密に言えば、晴の場合は「フォトアーティスト」と言う肩書きがあるのだけれど、カウンターに置いたカメラを恐る恐る観察しているような千彩に説明したところで、到底理解を得られるとは思わなかった。

「はるの仕事はカメラマンなんやねー。写真ある?」
「俺が撮ったやつ?そこに載ってるで。探してみ」

テーブルに無造作に置かれていた雑誌を指すと、「ごちそうさまでした」と手を合わせた千彩が軽く頷いた。けれど、その雑誌を取りに行く素振りはない。
それどころか二人分の食器を持ってキッチンへと入る千彩を、カウンターに頬杖をつきながら晴は言葉だけで制する。

「ええよ?俺するから」
「ううん。食べさせてもらったから、ちさが片付ける」
「食べさせてもらったって…」

不自然な言い回しに、少し眉根が寄る。
遠慮しているのだろうか。と、キッチンに立つ千彩にカメラを向けると、まるで「晴の言葉の方が変だ」と言わんばかりに千彩が口を尖らせた。

「はるがお金を払って、はるが作ったでしょ?で、ちさはそれを食べさせてもらった」
「そんなん気にせんでええのに」
「何もしないでご飯食べたらあかんのよ?おにーさまがそう言ってた」
「お兄様、ねぇ」

手慣れた様子で食器を洗いながら千彩が笑う。その笑顔が、とても苦しそうに見えて。
カメラを置いて立ち上がろうと腰を浮かせると、洗い物を終えた千彩が何かを思い出したように小さく声を上げてベッドルームへと駆けて行った。

「はる、あのね?」

スライド式のガラス扉を開けた千彩の手には、ここへ来る時に持ってきた小さな鞄があって。その中身を再び腰を落ち着けた晴の前にぶちまけると、千彩は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「お金、これだけしかないけど…」
「うん?」
「これだけしかないけどね、ちさここに居てもいい?」
「え?」
「働いてお金もらって来るから。服もくつも、ちゃんと自分で買うから。ご飯も自分でする。だから、はると一緒にここに居てもいい?」

縋るような目で問いかける千彩の肩が、小さく震えていた。ギュッと唇を噛んで、不安げに己の言葉を待っているのがわかる。

そんな千彩の頭を一度ぐしゃりと撫でると、晴は完全に投げ出されてしまった荷物を一つずつ集める。その様子をじっと見つめている千彩の手を取り、揃えた33枚の一万円札を握らせた。

「千彩」
「…はい」
「これはな、いつか千彩が俺を嫌いになって、ここを出て行く時のためにとっとき」
「いつか?」
「言うたやろ?俺がお前のこと守ったるって」
「はる?」
「金なんか要らん。働きになんか行く必要ない。服も靴も俺が買うたるし、メシだって俺が美味いもんいっぱい作って腹一杯にしたる。だから…な、お前はなんも気にせんとここにおったらええんやで。な?」

泣き出した千彩の両頬にそっと手をやり、包み込んで引き寄せる。鼻先に掠めるだけのキスをして、震える体をギュッと抱き寄せた。


「何も心配要らん。だからもう泣きな」


トントンとあやすように背を叩き、晴は何度も頷く千彩の存在をしっかりと確認する。

ただ、この腕の中に千彩がいる。それだけで得られる満足感がある。

それを手放さぬように守ることが幸せ。晴はそう信じることにした。