「本当に降りてくるなんて! 大馬鹿ね!!!」
豪雨に何ひとつ負けない大きな女の声が、突き刺さるように響き渡る。
「家の中にいろ」
立ち上がった男は、一言言い残すと外へ出て行ってしまう。
「え? あの……」
呼び止めようとしたが、背中に拒絶された。
椅子は、相変わらず彼女をしばりつけたまま。
追いかけることさえ、出来ない。
「うるさい、帰れ」
決して大声ではないが、男のよく通る声は、閉められた扉を通してもチェリに届く。
「いいえ、帰るものですか。お前こそ、出て行けばいいのよ。代わりに、私がこの家に住むから」
金切り声と笑いを纏いながら、女の声は宙を舞う。
「そうよ、この家……私が受け継いぐべきでしょ? お前なんかより、私のほうが優秀だわ」
風が強くなり、窓が激しい音を立てる。
「しつこい。何度も同じことを繰り返すな」
「奪えるまで、何度だって来るわよ」
二人の話は、まったくの平行線のようだ。
この家を、奪い合っているように聞こえる。
「さあ、命がけのケンカをしましょうか。今度こそ、倒れるのはお前よ!!」
ピシャーン!!!
稲妻は、まるで長い生き物のようにうねり、家のそばで弾けた。
その猛烈な力の波に、チェリの身もぶるぶると震わされる。
瞬間。
椅子が、動いた。
突然、チェリを縛りつけるのをやめたのだ。
「馬鹿ね、馬鹿ね! 一部を家に残して、私の稲妻を受け切れるわけないじゃない!」
女が笑う。
声が降りてくる。
「何故、あのウサギを食べたの? 食べれば、こうなることくらい分かってただろうに!」
女の声が。
チェリを。
椅子から。
立たせた。
※
扉を──開ける。
もはや、家はただの家になっていた。
チェリの邪魔を、することはない。
外はひどい雨と風と雷。
横殴りの強いそれは、もはや嵐の領域だ。
すぐ外に、彼女を招待した男は倒れている。
頭からすっぽりとフードをかぶった女が、そんな彼を踏みつけていた。
もはや、男の意識はあるようには見えない。
「その人から……離れて」
チェリは。
矢を、構えた。
人に向けてはいけない。
その父親の言葉を、半分だけ破った。
彼らの関係は、分からない。
彼らの都合も、分からない。
だが、チェリにはこの男が、本当に悪い人には思えなかったのだ。
だから──助けたいと思った。
「ほほほほ。矢じりを外した矢で、一体何をしようというの!?」
そんな半分は、すぐに見破られてしまったけれども。
「大体」
女は、足元の身体を強く一度踏み直した。
「動物を殺す狩人が……何故人を殺すのをためらうの!? 馬鹿らしい!」
二度、三度。
「生きている限り、何かの命を奪っていくのは当たり前のことよ? それは植物だろうと動物だろうと一緒……人間だって一緒じゃない?」
命を奪う生業のくせに甘ったるいと、女は彼女を嘲る。
キリリ。
チェリは、いっぱいまで弓を引き絞って──放っていた。
風が、巻いた。
彼女のほんのそばまでいった矢は、渦を巻く風に弾き飛ばされる。
その風が余りに強すぎて。
女の。
フードが。
外れた。
艶やかな、赤い唇の美しい女。
風に舞い散る。
赤い、髪。
「ウサギ……」
茫然と、チェリはそれを呟いていた。
豪雨に何ひとつ負けない大きな女の声が、突き刺さるように響き渡る。
「家の中にいろ」
立ち上がった男は、一言言い残すと外へ出て行ってしまう。
「え? あの……」
呼び止めようとしたが、背中に拒絶された。
椅子は、相変わらず彼女をしばりつけたまま。
追いかけることさえ、出来ない。
「うるさい、帰れ」
決して大声ではないが、男のよく通る声は、閉められた扉を通してもチェリに届く。
「いいえ、帰るものですか。お前こそ、出て行けばいいのよ。代わりに、私がこの家に住むから」
金切り声と笑いを纏いながら、女の声は宙を舞う。
「そうよ、この家……私が受け継いぐべきでしょ? お前なんかより、私のほうが優秀だわ」
風が強くなり、窓が激しい音を立てる。
「しつこい。何度も同じことを繰り返すな」
「奪えるまで、何度だって来るわよ」
二人の話は、まったくの平行線のようだ。
この家を、奪い合っているように聞こえる。
「さあ、命がけのケンカをしましょうか。今度こそ、倒れるのはお前よ!!」
ピシャーン!!!
稲妻は、まるで長い生き物のようにうねり、家のそばで弾けた。
その猛烈な力の波に、チェリの身もぶるぶると震わされる。
瞬間。
椅子が、動いた。
突然、チェリを縛りつけるのをやめたのだ。
「馬鹿ね、馬鹿ね! 一部を家に残して、私の稲妻を受け切れるわけないじゃない!」
女が笑う。
声が降りてくる。
「何故、あのウサギを食べたの? 食べれば、こうなることくらい分かってただろうに!」
女の声が。
チェリを。
椅子から。
立たせた。
※
扉を──開ける。
もはや、家はただの家になっていた。
チェリの邪魔を、することはない。
外はひどい雨と風と雷。
横殴りの強いそれは、もはや嵐の領域だ。
すぐ外に、彼女を招待した男は倒れている。
頭からすっぽりとフードをかぶった女が、そんな彼を踏みつけていた。
もはや、男の意識はあるようには見えない。
「その人から……離れて」
チェリは。
矢を、構えた。
人に向けてはいけない。
その父親の言葉を、半分だけ破った。
彼らの関係は、分からない。
彼らの都合も、分からない。
だが、チェリにはこの男が、本当に悪い人には思えなかったのだ。
だから──助けたいと思った。
「ほほほほ。矢じりを外した矢で、一体何をしようというの!?」
そんな半分は、すぐに見破られてしまったけれども。
「大体」
女は、足元の身体を強く一度踏み直した。
「動物を殺す狩人が……何故人を殺すのをためらうの!? 馬鹿らしい!」
二度、三度。
「生きている限り、何かの命を奪っていくのは当たり前のことよ? それは植物だろうと動物だろうと一緒……人間だって一緒じゃない?」
命を奪う生業のくせに甘ったるいと、女は彼女を嘲る。
キリリ。
チェリは、いっぱいまで弓を引き絞って──放っていた。
風が、巻いた。
彼女のほんのそばまでいった矢は、渦を巻く風に弾き飛ばされる。
その風が余りに強すぎて。
女の。
フードが。
外れた。
艶やかな、赤い唇の美しい女。
風に舞い散る。
赤い、髪。
「ウサギ……」
茫然と、チェリはそれを呟いていた。


