○
美奈子は、仕事をしていた。
急ぎの仕事ではないので、ゆっくりとお茶を飲みながらやっていた時。
「ええと…ごめんください」
立て付けの悪い玄関を、がたがたと開ける音がする。
インターホンなどない家なので、客はみなそうして入ってくるのだ。
手を止めて、美奈子は玄関へと向かった。
そこには。
「このあいだは…どうも」
顔の腫れの大分おさまったあの時の少年が、所在なげに突っ立っていたのだ。
持っているだけで落ち着かないように、ケーキの紙箱を彼女に突き出す。
とても無骨で、とても可愛らしかった。
「「気をつかわなくていいのに…でもありがとう」」
美奈子は、嬉しくなると同時に、この少年の背景をほんの少し垣間見た気がした。
高校生くらいの少年が、お礼を言いに来るのに、一人で来たのだ。
自分でケーキを買い、自分ひとりで。
この子はもう、自立しているのだと、それが分かった。
親元にいないか、既に働いているのだろうか。
あの、筋肉質の身体からすると、土木作業をしているのかもしれない。
こんなに若いのに、苦労しているのだ。
「「よかったら、あがってお茶でも飲んでいって」」
ケーキを受け取りながら、美奈子は家の中へと彼を招き入れた。
一人の家は気楽だが、物寂しい。
既に、この声のことを知っている彼となら、話をしてもいいと思えたのだ。
「あ…じゃあ…少しだけ、ええと、お邪魔します」
彼は、礼儀作法のひとつひとつに、懐疑的な行動を取る。
これで失礼ではないだろうかと、一生懸命考えているのだ。
ああ、なんて可愛いんだろう。
とても素直で、真面目な子なのだ。
父親も、こんなカンジで母のところに来たのだろうか。
ふと。
両親のことを思い出しかけて、あらぬ方向へと視線を向けてしまった。
いや、ないない。
あの父親が、こんなに神妙で可愛かったはずがない、と。
※
箱をあけると──7つも入っていた。
台所でそれを確認して、ぷっと吹き出しそうになるのをこらえる。
どう見ても一人暮らしの女性に、7個もケーキを食べさせる気なのか。
若干、端のケーキがつぶれかけているが、何かあったのだろうか。
なかなか、想像力をかきたてる箱の中だった。
見栄えのいいケーキを1つずつと、お茶の準備をすると、落ち着かない様子で座っている彼のところへと運ぶ。
「「よかったら、一緒に食べていって」」
そう、彼の前にもらったケーキを出すと。
ごくり、と。
少年の喉が、一度鳴った気がした。
その直後。
「す、すみません…甘いものは食えないんで」
視線を、斜め横にずらす。
あら、甘いものは嫌いなのね。
一瞬、微妙な違和感を覚えはしたものの、嫌いというものを出すわけにもいかないし、目の前で一人でパクつくのも恥ずかしいので、ケーキは二つとも引っ込めることにした。
となると。
結局、7個全部、美奈子が独り占めということか。
後で、お隣さんにおすそ分けにでも行こうと、心の中で思いを巡らせる。
とりあえず、お茶だけをお互いの前に置いた。
「「大丈夫だった? 怒られなかった?」」
彼には、帰るところがある。
ということは、親ではないかもしれないが、待っている人はいるということだ。
美奈子は、気になっていたことを、そっと聞いてみた。
彼は、何かを思い出したように、苦い顔を浮かべる。
「怒られました…みんなに」
きっと、心配して怒った人たちのことが、頭に浮かんだのだろう。
ただ、その声や顔には、いやな雑味は混じっていなかった。
それだけで、彼はいい人たちの中で暮らしていることが読み取れる。
美奈子の頭の中には、土建屋のおじさんたちに可愛がられるこの少年の姿が思い浮かんでいた。
「「そう…良かったわね」」
その光景が、余りにもなごむもので、ついそう言ってしまった。
目の前の少年は、その言葉に驚いて、それから複雑そうに表情を変えてゆく。
「よかったんです…か?」
一生懸命考え込む彼は、やはりとても可愛かった。
美奈子は、仕事をしていた。
急ぎの仕事ではないので、ゆっくりとお茶を飲みながらやっていた時。
「ええと…ごめんください」
立て付けの悪い玄関を、がたがたと開ける音がする。
インターホンなどない家なので、客はみなそうして入ってくるのだ。
手を止めて、美奈子は玄関へと向かった。
そこには。
「このあいだは…どうも」
顔の腫れの大分おさまったあの時の少年が、所在なげに突っ立っていたのだ。
持っているだけで落ち着かないように、ケーキの紙箱を彼女に突き出す。
とても無骨で、とても可愛らしかった。
「「気をつかわなくていいのに…でもありがとう」」
美奈子は、嬉しくなると同時に、この少年の背景をほんの少し垣間見た気がした。
高校生くらいの少年が、お礼を言いに来るのに、一人で来たのだ。
自分でケーキを買い、自分ひとりで。
この子はもう、自立しているのだと、それが分かった。
親元にいないか、既に働いているのだろうか。
あの、筋肉質の身体からすると、土木作業をしているのかもしれない。
こんなに若いのに、苦労しているのだ。
「「よかったら、あがってお茶でも飲んでいって」」
ケーキを受け取りながら、美奈子は家の中へと彼を招き入れた。
一人の家は気楽だが、物寂しい。
既に、この声のことを知っている彼となら、話をしてもいいと思えたのだ。
「あ…じゃあ…少しだけ、ええと、お邪魔します」
彼は、礼儀作法のひとつひとつに、懐疑的な行動を取る。
これで失礼ではないだろうかと、一生懸命考えているのだ。
ああ、なんて可愛いんだろう。
とても素直で、真面目な子なのだ。
父親も、こんなカンジで母のところに来たのだろうか。
ふと。
両親のことを思い出しかけて、あらぬ方向へと視線を向けてしまった。
いや、ないない。
あの父親が、こんなに神妙で可愛かったはずがない、と。
※
箱をあけると──7つも入っていた。
台所でそれを確認して、ぷっと吹き出しそうになるのをこらえる。
どう見ても一人暮らしの女性に、7個もケーキを食べさせる気なのか。
若干、端のケーキがつぶれかけているが、何かあったのだろうか。
なかなか、想像力をかきたてる箱の中だった。
見栄えのいいケーキを1つずつと、お茶の準備をすると、落ち着かない様子で座っている彼のところへと運ぶ。
「「よかったら、一緒に食べていって」」
そう、彼の前にもらったケーキを出すと。
ごくり、と。
少年の喉が、一度鳴った気がした。
その直後。
「す、すみません…甘いものは食えないんで」
視線を、斜め横にずらす。
あら、甘いものは嫌いなのね。
一瞬、微妙な違和感を覚えはしたものの、嫌いというものを出すわけにもいかないし、目の前で一人でパクつくのも恥ずかしいので、ケーキは二つとも引っ込めることにした。
となると。
結局、7個全部、美奈子が独り占めということか。
後で、お隣さんにおすそ分けにでも行こうと、心の中で思いを巡らせる。
とりあえず、お茶だけをお互いの前に置いた。
「「大丈夫だった? 怒られなかった?」」
彼には、帰るところがある。
ということは、親ではないかもしれないが、待っている人はいるということだ。
美奈子は、気になっていたことを、そっと聞いてみた。
彼は、何かを思い出したように、苦い顔を浮かべる。
「怒られました…みんなに」
きっと、心配して怒った人たちのことが、頭に浮かんだのだろう。
ただ、その声や顔には、いやな雑味は混じっていなかった。
それだけで、彼はいい人たちの中で暮らしていることが読み取れる。
美奈子の頭の中には、土建屋のおじさんたちに可愛がられるこの少年の姿が思い浮かんでいた。
「「そう…良かったわね」」
その光景が、余りにもなごむもので、ついそう言ってしまった。
目の前の少年は、その言葉に驚いて、それから複雑そうに表情を変えてゆく。
「よかったんです…か?」
一生懸命考え込む彼は、やはりとても可愛かった。


