箱の中の彼女



「みっ、美奈子さん! だ、大丈夫ですか? って、オレ、やっぱ来ちゃいけませんでしたか?」

 孝太は、驚いていた。

 驚かない方がおかしいだろう。

 訪ねた相手が、いきなり涙をこぼすのだから。

 彼は、慌てて上がりかけた足をひっこめて、オロオロしている。

 近づいていいのか、離れた方がいいのか、分からずにいるのだ。

「「ちがうの…孝太くん。違うの…嬉しいの」」

 慌てるのは、美奈子もだ。

 このままでは、彼が誤解して帰ってしまう。

 そうしないために、急いで自分の目からこぼれた余計なものを拭うのだ。

「「ありがとう、忘れないでくれて…ありがとう」」

 なのに。

 なのに、誤解を解くための言葉を口にすると、また勝手に目から落ちてくる。

 そうだ。

 彼は、とても義理堅い子だったではないか。

 高校生くらいの年齢にも関わらず、ひたむきで素直な子だったではないか。

 どうして、彼が約束を守らずに忘れてしまうと思ったのだろう。

 ちゃんと。

 ちゃんと来てくれたではないか。

「ああ…えと、あの…お邪魔します!」

 彼は、靴を脱ぎ捨てるようにして上がってきた。

 そして、両手で彼女の両腕に触れるのだ。

「だ、大丈夫ですか? あの、本当に何かあったとかじゃないですか?」

 孝太は、心底心配してくれていた。

 うわべだけじゃない。

 ちゃんと美奈子を見て、美奈子の心配をしてくれているのだ。

「「ええ…大丈夫。ごめんね、驚かせて。やっぱり、私も年を取ってきたみたい…こんなことで泣くなんて」」

 彼を安心させようと、涙も止まらないまま、美奈子は笑った。

 腕に触れる孝太の手に、一度力がこもった。

 その手が、慌てて離される。

 そっぽをむく視線。

「美奈子さんは…全然まだ若いです」

 彼は──慰めようと、してくれているのだろうか。