私は迷いなく、魔王の胸に飛び込んだ。

じんわりと、幸福感が胸に広がる。
魔王が死んだら、私も死のうか。
どうせ、一人でなんか生きていけない。
あぁでもやっぱり、死ぬのは怖いな。
いやでも、行き先が地獄でも、魔王がこうやって腕を広げてくれるなら喜んで飛び込もう。
私は貴方と共にありたいと望む。

「魔王。大好き」

つまり、貴方のいない世界で生きる理由はない。
私は、貴方がいて、初めて生きる理由を得ることができる。
貴方がいなければ、水を失った魚と同じ。
貴方がいて、やっと酸素を体内に取り込める。

「僕もだよ。マキちゃん」

貴方は知らないでしょう?
貴方が私に執着しているようで、実は私の方が、貴方に執着していることを。
もう、貴方無しでは生きていけない身体になってしまったの。
責任。とってくれるよね?

「愛しているわ。イージス」

この世界では、真名が鍵を握る。
真名を知ることができるのは、両親と伴侶のみ。

ついでに、情報源は、あの絵本だ。

それを、魔王は…イージスは、私に教えていた。
これが、真名でなくとも、魔王の名前であることに変わりはないだろう。
この言葉は、きちんと名前で言いたかった。

魔王の腕が、私を抱きしめる。
苦しい程に強く抱きしめられて、それでも嬉しかった。

「僕もだよ。カナちゃん」

そう言って、腕の力を緩め、私の顎を持ち上げた。
ゆっくりと瞼を閉じる。
暗闇の中で、魔王の唇を感知した。
そのまま、終わるかと思いきや、なにやら熱いものが、歯をトントンと叩いてきた。
びっくりして、口が半開きになった。
その瞬間に、熱いものが、私の口内に侵入する。

これは魔王の舌だ。

そう思い当たる頃には既に、私の口内は散々犯されていた。
歯茎から舌まで全てじっくりと舐められ弄られた。
息も絶え絶えになる。
魔王が息継ぎする暇を与えてくれないのだ。
身体が熱い。くらくらする。
私はしばらくそのまま、魔王に身を任せていた。

やっと、唇が離れた時には、もう動く気力さえなかった。
銀の糸が、私と魔王の唇を繋げる。
それが切れたのを見届けると、魔王に全体重を乗せた。
肩で息をするって、こんな感じなんだと知った。
そんな私に、魔王はなんでもないように言ってみせた。

「明日は盛大な結婚式になるね」

結婚式。
つまり結婚。

顔に熱が集中する。
こいつ、一生に一度のプロポーズを、明日の朝ごはんはなんだろね的なノリで片付けやがった!!

「っ!……魔王の…ばか」

そんなプロポーズでも、やっぱり嬉しいもので。
声が喜びで震えていたのを、魔王は気づいただろうか。
目線を下げれば、指には控えめながらも、綺麗な指輪が嵌めてあった。
何故だかわからないけど、涙がでた。
それを見た瞬間、泣かずにはいられなかった。

「………ありがと」

小さな小さな声だった。
しゃくりと嗚咽に掻き消されてしまう程小さな声も、きちんと魔王に届いた。

「どういたしまして。
絶対に、幸せにするよ。だから泣かないで?マキちゃん」

「うん…。絶対、幸せにして。魔王」

その時、どんな顔をしていたかはわからない。けど、涙で酷い顔になっていたことは確かだろう。
でも、魔王は嬉しそうに笑い、もう一度口付けた。



翌日。本当に盛大な結婚式が行われた。
真っ白のベール越しに、微笑む魔王が見える。
魔王の手が、ベールを退かす。

私たちは誓いのキスをした。

願わくば、この温もりが消えることのありませんよう。