店を出た阿久津は、喫茶店「金木犀」へ足を運んだ。

扉を開けると、いつもどおりカランカランと鐘が鳴って、マスターが穏やかな笑顔で「いらっしゃい」と迎え入れてくれる。

いつ来ても、どんな気分で来ても、ここはいつも変わらない。

変わったのは、アルバイトが奈緒ではなくなったことだけだ。

阿久津はいつも座っていた壁際のカウンター席に座ると、マスターに「いつもの」と、香りがするだけの薄くて甘いコーヒーを注文した。

頬杖をついて、カウンターの後ろにあるマスターのカップのコレクションをただぼんやりと眺める。

この穏やかな時間が、とても愛しく思えた。

その時。

カランカラン――。

店の扉が開いた。

ちらりと扉の方に目をやると。

「あ。阿久津先生」

そう言った君島と目が合った。

「隣り、いいですか?」

「どうぞ」

君島はにんまり笑うと、阿久津の隣りに腰かけた。