ずっと知りたかった阿久津の過去は、想像以上に重く奈緒の心にのしかかった。
どうしてあげればいいのだろう。
なにも言葉が見つからない。
奈緒はそっと広い肩に腕を回し、阿久津をしっかり抱きしめた。
ただ、包んであげたかった。
それしか、方法がわからなかった。
阿久津は奈緒にしがみつき、胸に顔をうずめていた。
静かに涙を流す阿久津の姿に、胸が締めつけられる。
そっと背中をなでてあげることしか、できない。
どれほどつらかったか。
どれほど苦しんだか。
きっと、必死に自分を守っていたのだと思う。
倒れてしまわないように。
消えてしまわないように。
……やっぱり。
先生は愛情深い人だった。
今なら、わかる。
『泣きたい時は泣けばいい。そういう我慢は必要ない』と言ってくれたこと。
『気持ちが不安定な女性を一人で帰すわけにはいかない』と言ってくれたこと。
そして。
車にはねられそうだった私を、身を呈して助けてくれたこと。
由美さんのことがあったからだ。
公務員試験に落ちてBar Moonで酔いつぶれた時も、進路を悩んでいる時も、私が哀しみやつらさを抱え込まないように、万が一妙なことをしでかさないように、心配してくれていたのだと思う。
奈緒はただ静かに抱きしめ、阿久津の髪を撫で続けていた。
阿久津は、声を上げて泣いた。
そして。
凍っていた氷をすべて涙に変え、深い夜の海に雫を落とした。