奈緒の緊張は頂点だった。
阿久津の切なげな顔、穏やかな顔、ぎこちなく笑った顔、冷たく鋭い顔、いろんな表情が一気に脳裏に浮かんでは消える。
どう、切り出せばいいのだろう。
なんて言えば……。
なにを話せば……。
頭痛がしそうなほどいろいろなことを考えてしまっているわりには、緊張のせいでなにも考えがまとまらない。
エレベーターは、あっという間に到着してしまった。
大きく深呼吸をして、エレベーターから降り、唇を噛みしめる。
否応にも鼓動が大きくなる。
奈緒は、意を決して一歩を踏み出した。
しんとした通路に足音が響く。
胸の前で指を組んだ。
思わず力が入る。
阿久津の部屋の前まで来ると、肩が揺れるほどの大きな深呼吸をもう一度した。
ドクン、ドクン、ドクン――。
鼓動が聞こえる。
もう一度、深呼吸。
そして。
ゆっくりチャイムを押した。
ぎゅっと目をつむる。