なぜ唐突にグローブを買ってもらえたのか、阿久津少年にはわからなかったが、とても嬉しかったのは覚えている。
しかし、そのグローブで正太郎とキャッチボールをしたのは、ほんの数回だった。
今にして思えば、あのグローブも、数少ないキャッチボールも、多忙だった正太郎が父親としてできるせめてものことだったのだろう。
『親父、ガンだってわかった時には、もう手遅れでさ』
先日の圭介との電話を思い出していた。
『だけど、親父には言ってないんだ。末期のガンってこと』
「はあぁ……」
阿久津は無意識に大きなため息をついていた。
圭介はそのため息を聞き、昔とは印象の違う冷ややかな弟の顔をちらりと見た。
そして、視線を前に戻し、ぽつり呟いた。
「……来てくれてよかったよ」
阿久津はなにも答えなかった。
圭介はそれ以上何も言わず、ただ運転に集中した。
阿久津は、またひとつ、ため息を漏らした。