奈緒は、玄関の戸を少しだけ開けて、手だけを外に出した。

「チョコ、ちょうだい」

「ん?」

「顔、見られたくない。ぐちゃぐちゃだから」

すると、孝太郎は差し出された手にチョコレートを握らせた。

奈緒はチョコレートを受け取ると、戸を閉めてしまった。

「なにが、あったんだ?」

孝太郎は扉越しに尋ねた。

奈緒はその問いにすぐには答えなかった。

「大丈夫か?」

「……一応、生きてる」

「……そっか」

重苦しい沈黙。

二人は扉越しに背中合わせで立っていた。

扉一枚はさんで、お互いの息遣いが伝わる。

「失恋した」

奈緒が唐突に呟いた。

「……そうだったのか」

孝太郎の声は、穏やかで優しい。

「やっぱり……大人はなにを考えているのか、わからない」

「……そうか」

「うん……」

阿久津がたまに見せた穏やかな顔を思い浮かべるたびに、胸が締めつけられる。

「出会わなきゃよかったよ……」

奈緒の目から涙が溢れだした。

孝太郎は、扉の向こうで、奈緒の声をそっと抱き寄せた。