バイトが終わって外に出てみると、しとしとと雨が降っていた。
「奈緒ちゃん、傘、持ってる?」
マスターが後ろから声をかけた。
「今日は持ってきませんでした……」
奈緒は振り続く雨を仰いで眺めていると、マスターが「どうぞ」と言って、黒い傘を差し出してくれた。
「いいんですか?」
「もちろん。私の分もちゃんとありますから、ご心配なく」
そう言うと、マスターは目を糸のようにして微笑んだ。
「ありがとうございます」
奈緒は頭を下げて、その傘を受け取った。
「気をつけて帰ってくださいね」
マスターの穏やかな笑みに「はい」とうなずき、奈緒は喫茶店を後にした。