現在私は知らない男性とカフェにいて、ケーキセットを注文して待っているところだ。
 だけど彼は私のことを知っている。
 信じられない。
 この状況はとてもおかしいと強く感じているが、自分には彼を振り払いきれない。
 それが悔しかった。
 そもそも本当に私が忘れているだけ?
 ひょっとしたら彼の嘘に私が付き合っているだけかもしれないと考え始めていた。
「まさかこうして君と二人で楽しめるとは思えなかったな」
「私は知らない人に誘拐されるとは思わなかったです」
 私と彼の機嫌の違いはまさに真逆だった。
 嫌がるようなことをさっきから言い続けているのに全てスルーされている。
 怒ってどこかへ行けばいいのに。
 こんなことなら、もう一個くらいケーキを注文すればよかった。
 だけどお腹はケーキ一個で満足できると言っている。
「日向ちゃん、砂糖を取ってくれる?」
 彼の視線の先は私の傍においてある角砂糖だった。
「どうぞ」
 彼は蓋を開け、角砂糖を四個も入れている。かなりの甘党であることがわかった。
 この人、糖尿病になるのでは?
 観察していると、彼は顔を上げた。
「どうしたの?そんなに見て」
「だってたくさん入れているから」
 多くて二個まで入れる。
「俺、コーヒーを飲むときはこれくらいがちょうどいいんだ」
 私だったら砂糖を入れすぎてコーヒーの味がわからなくなるだろう。
「普段からそんなに入れているんですか?」
「そんなことないよ、コーヒーはほとんど飲まないから」
「今日はどうして飲もうと思ったのですか?」
「寒いから?」
 その理由は嘘っぽい。
 いや、嘘ですよね?
 私の表情を見て、彼は口を開いた。
「君と同じものを飲みたかったから」
 言われても嬉しくない。
「ところで本屋で何も買えなかったの?」
「いいえ、すぐに漫画を買いましたよ」
「そっか。そのあとに店内をうろついていたんだ」
 考えれば、あのときすぐに店を出るべきだったのだろう。
 そうしなかったことに後悔していると、彼が砂糖を差し出した。
「欲しい?」
「二個もらいます」
 コーヒーの中に砂糖を入れ、スプーンで混ぜながら溶けていく砂糖を見ていた。
 まるで自分みたい。
 すぐに溶けて脆い自分を表しているようだった。
「日向ちゃん、他に何か買うものはあるの?」
 砂糖から視線をはずし、手を膝の上に置いた。
「ないですよ?ケーキを食べたら・・・・・・」
「俺、行きたいところがあるんだ。あとで行こう?」
 まだ話の途中です。