ロアアールの姉妹は、都とは違う意味で変貌を遂げていた。

 ウィニーは軍服を着て、スタファの前に現れた。

 格好こそは勇ましいが、中身が男性的になったというわけではない。

 それどころか、相変わらずの彼女らしさは残っていて、スタファをほっとさせたのだ。

 変わろうとしているのは、はっきりと見て取れるが、何もかもが短期間で変化出来るわけではない。

 見るからに『一生懸命』なウィニーの様子は、若々しく、そしてとても明るい印象を振りまいている。

 とても、ごく最近に父を亡くしたとは思えないほど。

 そんな彼女が、出入りするせいだろうか。

 隣国の侵攻が始まり、本来であれば重苦しいはずの軍部には、そこまで重苦しい空気はないように思えた。

 防衛慣れしている軍なので、敵国の扱いも心得ているだろうが、スタファにはそれだけには見えなかった。

 ウィニーは、多くの将兵に挨拶を向けられる度に、溌剌と返答するのだ。

 彼女の取り柄である明るさは、わずかではあるが着実に軍の人間たちに伝わっているように思える。

 尊敬の対象というよりも、親愛の対象。

 公爵となるレイシェスよりも、もっと側まで近づくことの出来る親しみやすさ。

 スタファは、それをウィニーと軍の間に見た。

 そんな彼女に案内され、到着した公爵家。

 前にも一度来たことはある。

 だが、頑丈さを最優先した石を多く使われたその建物は、その時の記憶よりなお、ずっしりと重い灰色を纏っているように見えた。

 とことん、重厚を旨とした領地なのだ。

 そんな灰色の世界から──レイシェスは現れた。

 驚くなという方が、無理だったろう。

 美しい彼女の髪は、ばっさりと切り落とされていたのだ。

 あらわになった白い首を見ていると、北西の冷たい春風を感じて、背筋を震わせたくなる。

 更に、黒づくめのズボン姿は、彼女の印象を随分と違うものにしていた。

 都で会ったレイシェスと、本当に同一人物であるか、一瞬分からなくなってしまいそうなほど。

 しかし、そんなスタファの戸惑いは、青く澄んだ彼女の瞳を見つめただけで、すぅっと潮のように引いて行った。

 どれほど髪型や装束が変わろうとも、その瞳は変わることはない。

 彼の心を奪ったレイシェス、その人のままだった。


 ※


 王太子と近衛兵が来るという報せは、スタファの心情を大きく曇らせた。

 次代の王となる者が、人間的に非常に問題があるのは、兄やロアアールの姉妹と共通の認識である。

 主を失ったばかりのロアアールに、ウィニーを側室にあげるよう書状を送りつけ、それに彼女らの母が承諾の返事を送ってしまい、とんだ騒ぎになったという事情は聞いた。

 その事態の訂正の返事も受け取る前に、王太子は役に立たない連中を引き連れて援軍にやってきたのだ。

 これは、どう見ても援軍が目的とは思えなかった。

 かといって、ウィニーへの執着のみでの行動とは──やはり思えなかった。

 何を考えているんだ。

 スタファは、レイシェスの執務室を出ながら、すぐ後ろからついてくるウィニーを軽く振り返った。

「領内がごたついているから、気をつけろよ」

『王太子に』という言葉は省略して、注意を呼び掛ける。

 誰よりも、彼の暴挙の被害を被っているウィニーだからこそ、油断しているとは思わないが、心配しないですむわけでもない。

「スタファ兄さんは、どう思う? あの御方が、私を本当に欲しがっているなんて、とても思えないの」

 王太子の意図を、彼女は知りたがっていた。

「さあ……分からない。けれど、お前もそう捨てたものじゃないぞ」

 考え込むウィニーに、スタファは素直に言葉を綴ってみた。

 確かに、彼女には足りないものが多い。

 都で見た礼儀作法は、本当に公爵の娘かと疑うほどだ。

 しかし、ウィニーという少女と付き合いを続けていけば、彼女が非常に明朗な性質で、更に──しぶといのが分かる。

 女性に対して、しぶといというのは褒め言葉ではないのかもしれないが、要するに『あきらめない』のだ。

 ぎりぎりの崖っぷちで、踏みとどまる強さがある。

 それは、世の女性の多くが持っているものではない。

 そう考えると、兄は残念なことをしたのかもしれないと思えてくる。

 しぶとい正妃を、もらいそこなったのだから。

「こんな恰好の時に言われてもなぁ……」

 ウィニーは、彼の褒め言葉におかしそうに笑う。

 軍服の袖を、軽く広げて見せる。

 男の子みたいでしょ、と。

「いや、予想以上に似合ってるぞ」

 軍のムサ苦しい連中の目には、赤毛の天使に映っていることだろう。

 そこまでウィニーに言うのは、微妙に憚られる。

 スタファは、自分は一途な男だと自覚していた。

 本当に好いた惚れたの相手以外に、余り多くの装飾をほどこした言葉を語ることは控えているのだ。

 フラの男にしてみれば、珍しい方だろうが。

「私もね……毎日すごく楽しい。こんな時に、楽しいっていうのは不謹慎なのは分かってるんだけど、毎日毎日、痛いくらい生きてるって感じるの」

 楽しく思うことが、後ろめたく思えるのか。

 ウィニーは、何とも微妙な、しかしどうしても笑みをおさえられない表情で、そう言ったのだ。

 彼女の後ろに、『自由』という文字が見えそうなくらい。

 姉妹は、母という鎖を引きちぎった。

 ウィニーが、初めて自由にこの地を飛びまわっている。

 その喜びを、抑えきれないのだ。

「よかったな」

 ぽんぽんと、彼女の頭に手を置くと、彼女は溢れる笑顔で自分を見返してきた。

 ああ。

 兄上は、本当に勿体ないことをしたな。

 スタファは、複雑な気分を味わったのだった。