炎が走る。

 小高い丘の上から、ウィニーはその光景を見降ろしていた。

 赤い鎧と兜の騎兵たちが、整然と、そして力強く馬を駆っている。

 街道を長く流れてゆく姿は、火を噴く山から流れ出る溶岩のように見えた。

 白と灰色の多い地であるロアアールには、余りに眩しすぎる色だ。

 あの赤い軍隊を率いているのが、スタファだという。

 姉に聞いたその言葉は、最初は信じられなかった。

 だが、同時に理解もしたのだ。

 どうして、都で彼と会う機会がなくなったのか。

 あれほど構ってくれた人だっただけに、挨拶もせずに別れるのは寂しい気持ちがあった。

 しかし、彼はそんなウィニーの感傷のはるか上を走っていたのである。

 ロアアールを、助けるための援軍を準備する。

 勿論、それはフラの公爵による指図なのだろう。

 そして──ウィニーは姉より先に、彼と再会したのだった。


 ※


「スタファ兄さん!」

「おっと、ウィニーか。随分勇ましい恰好だな」

 ウィニーは笑顔、スタファはニヤっと笑った顔で向かい合う。

 軍舎の入口で、彼女は隻腕のレーフ将軍と彼を出迎えた。

 嬉しさを隠さずに近づくウィニーを、一度見直すように顔の向きを整えて、彼は大げさに驚いたような声をあげた。

 勇ましい。

 乗馬服だったウィニーは、ズボンの替えも少なかったこともあり、灰色の軍服を着ていたのだ。

 厚めの生地に、重めのブーツ。

 本来は、この上に軍の青いコートを羽織るのだが、ウィニーは自分でも信じられないほど青が似合わないため、コートはなしだった。

 ただ、これでは従者と勘違いされるおそれもあり、はっきりと区別するために、深い緑のスカーフを首に巻いていた。

 後ろから見たらスカーフは分からないはずだが、これまでウィニーはただの一度も従者と勘違いされたことはない。

 おそらくそれは──この髪の色のおかげだろう。

 ロアアールには、ほとんど見ることのないオレンジがかった赤い髪。

 公爵家には、赤毛の娘がいる。

 その話が、有名だったのかどうかは知らないが、その髪を見るや、皆が道を開けてくれるのだ。

 そんなウィニーの前に、赤毛の男が立つ。

 彼だけではない。数多くの赤毛の兵が、ロアアールに入ったのだ。

 今後、どちらの軍の者も、彼女のことは赤毛と軍服の色の二種類で見分けなければならないだろう。

「タータイト公爵名代閣下、遠方よりの援軍、痛み入ります」

 二人の会話がひととおり終わると、レーフ将軍が恭しく挨拶に進み出た。

「レーフ将軍ですね……噂はかねがね。先の防衛では、ご活躍だったそうですね」

「負け戦が得意な将というものは、活躍してはならないものですよ」

 スタファの言葉は、重々しく返される。

 先の防衛。

 ロアアールで、前回大きな防衛戦が起きたのは、父の代替わりの時──20年ほど前の話だろう。

 そんな昔の戦いを、スタファは資料ででも学んできたのか。

 その時も今回と同じように、フラも援軍で参戦したのだから、かの南の地にも遠征時の資料はしっかり揃っているだろう。

 レーフ将軍の腕が、いつからないのかはウィニーは知らない。

 安寧を勝ち取るために落とした腕。

 将たちは、命を張ってこの地を守りぬいてくれているが、ウィニーがそのひとりひとりのことまで知っているわけではない。

 軍の服を着ているのが、突然恥ずかしくなった。

 こんな恰好をしていても、彼女が前線で命を賭けることなどないのだ。

 ロアアールと命運を共にすることしか、いまのウィニーに出来ることはない。

「今回は、あなたの得意な仕事をさせないために、我々が来たのです」

 スタファは笑みを消し、表情を引き締めた。

 その精悍な顔つきは、一瞬にして五つほど年を増やした気がする。

「フラの軍がつけば百人力ですな……ですが、そちらと共に戦うのはアーネル将軍になる予定です」

 ロアアールの防衛の中でも、一番の攻撃力を誇る将が挙げられる。

 特に、勝ち戦の追撃戦にかけては、鬼神の才を発揮するという。

 攻撃にすぐれると噂のフラの軍は、そちらと共に戦うのが効果的だろう。

「統率のハフグレン将軍、盾のレーフ将軍、矛のアーネル将軍、ですね」

「本人は、残念ながら盾は持てませんがね」

 スタファの褒め言葉に、レーフ将軍はにやりと口の端だけで笑みながら、腕を広げて見せた。

 彼にあるのは、右腕だけ。

 そちらで戦斧を振るうために、盾は持てないのだ。

 そんな黒い冗談で、男二人は笑みを交わし合う。

 ウィニーには、言葉を挟みづらい空気だった。

「では、もしかしてレーフ将軍が預かる部隊は……」

 笑みの最後に、スタファの言葉が懸念めいた色に変わる。

 将軍もまた、苦々しく頷いた。

「まあ、そうなるでしょうな」

 男二人、一度見つめ合って、小さく息を吐いている。

「残り一本の大事な腕は、お渡しにならないよう」

「そうなったら、さすがに引退でしょう」

 彼らの会話は、やはりウィニーにはよく理解出来なかった。