「いいえ、そんなのいりません。そんなものを貰うために、仕事を抜け出して走ったわけではありませんので。」
「しかし、君はこの島原の芸妓さん。ただで、お返しするわけには……。」
「いいのです。私が勝手にやったことですから、それよりも早く、永倉さんを引き取って下さい。迷惑ですから。」
それだけを言うと、白鳴は急いで裏へと回って行った。
ただの小娘が、わざわざ金もない囚われた男のために走るなど、まるで夢のような話しだが、そういう娘も中にはいるということだ。
山南は袋を懐にしまうと、店の中へと入って行った。
明美はなかなか帰らない白鳴の帰りを待っていた。
白鳴が何も言わずに、約束の時刻に戻らないのはおかしい。とりあえず、桜にももう一度、宿内や周りを捜してみるように、とは言ってあるが、その知らせはまだない。
あんなに踊りを練習し、稽古以上の稽古をしていた白鳴が、稽古をすっぽかすことはありえないことだ。
何かあったのではないかと、不安になってしまう。
「明美姐さん。」
「桜、白鳴は見つかりましたか?」
いいや 見つからないと、桜が首を振る。やっぱり、何かあったのだろうか…。
そんなことを考えていると、廊下が騒がしくなりはじめる。
「……何かしら?」
明美が廊下へ出ると、ちょうど賄いが通りかかる。
「どうかしたのですか?」
「それが、あの桶の中の人の連れだったという方が現れたのですよ!」
「……それは、本当なの!?」
「はい、それで皆驚いて、出て来ているのです。」
賄いもそう伝えるとバタバタ行ってしまう。それは驚くのも無理もない。
明美と桜も表へ出ようとすると、白鳴が戻って来る。
「……!」
「白鳴ちゃん…!」
「……ただいま戻りました。」
明美の前まで来ると、白鳴は丁寧に頭を下げた。
白鳴は明美と部屋で二人きりとなっていた。
あれから永倉は山南達と共に、無事に屯所へ戻ったようだ。
「これはいったい、どういうことですか?」
「………。」
「約束の時刻はとっくに過ぎているのですよ?」
「…………。」
「……永倉さんのことを知らせに行ったのは、お前だね?どうして、そんな勝手な真似をしたの?一言、私に相談してくれれば良かったものの……。」

