振り返って見るものの、その戸口から白鳴が来ることはなかった。









夜になり、島原は大騒ぎとなる。あちこちと女達がいそいそと走って行く。


遊郭ならではの長い夜の始まりだ。


このところ宴会が多く続いており、料理や片付けをするのも大忙しだ。


白鳴も後片付けに追われていた。次々と大量の食器が運ばれてくる。それを全部一人で片付けなくてはならない。


春とはいえ、水はまだまだ冷たい。すでに手は真っ赤になっていて感覚すらなくなっていた。


そこへ、昼間の娘がやって来る。


「白鳴ちゃん。」


「ああ、そこに置いておいて。」


顔も見ずに白鳴は指示を出す。娘は言われた場所に食器を置くが、まだ大量の食器が残っていた。


娘はその食器を持てる数だけ、自分の手で抱える。


「……何しているの?」


「私も手伝おうと思って。」


「え……?」


「昼間のお礼よ。大丈夫!私 今は暇だから。」


既に襷掛けをしてやる気満々のようだ。綺麗な手をした腕で、大量の食器を抱えて、表へと出て行く。


思わぬ助っ人の登場を嬉しく感じつつ、白鳴も食器を片付けていった。


「きゃあー!」


「……!」


突然、悲鳴のような声が聞こえ、急いで裏庭にはへと出てみる。


特に変わったことはなさそうだが、とりあえず声のした方へと行ってみると、井戸で食器を洗っていた娘が、尻餅をついていた。


「どうしたの?」


「あ…、あれ……。」


何かに怯えているように、震える指先で茂みを指さす。


不思議に思いつつその方向を見てみる。


「!」


そこには、人目をさけて置かれていたのか大きな桶があった。


しかも、人の手が動いて見える。


「お~い!誰がいるなら返事しろ!」


と、元気そうな男の声まで聞こえてくる。


「わわっ~~!」


尻餅をついていた娘が、声を聞いてさらに怯えたのか、慌てて白鳴の後ろへとしがみつくようにして隠れる。


白鳴はその桶に近づく。梅や漬物ならまだしも、人が漬けられているのは初めてみた。


「……あんた、誰なの?」


「おお~~!やっぱりいたか!俺は【永倉新八】だ!訳あってここへ入れられてしまってな!声をかけても、誰も返事してくれないから困ってたんだ!」


「……そうでしたか、何をしたかは存じませんが、用がないなら声を出さないで下さい。近所迷惑です。」