川原から全速力で帰って来た白鳴は、完全に息を切らしていた。
まさか、あそこで見られるとは思ってもみなかった…、しかも、話しまでされるとは……。
最後の質問も答えずに戻って来てしまっていた。
「はぁ……はぁ……。」
とりあえず水でも飲んで落ち着くしかない。白鳴は勝手場へと戻り、水桶から水をすくい上げて、それを飲んだ。
「………ふぅ…。」
荷物を台の上に置いて、石段に座って休む。
ふいに、あの青年の顔が浮かぶ。
「!!」
違う…!
そんなわけがない。
そもそも、向こうも興味本位のはずだ。男なんてそんなものだと、ここへ来てつくづくと分かった。
家も家族もいなければ、兄弟もいない…。そんな者が来るとすれば、こんな場所でしかない。
女として生きたとしても、幸せなど掴めるはずもないのだ。せいぜい生きて行くのに、必要なものと安全だけは、備えられるということなのだろう。
とすれば……、
他に白鳴が選べる道は一つしかない。
ずっと、胸の奥にしまってきた武市との大事な約束……。
「武市さん……。」
白鳴はかつて、養女として受け入れてくれた武市を思う。
手には武市から渡された笛を握られていた。
そこへ、姉各の明美がやって来る。
「白鳴、おるか?」
「はい…!」
慌てて立ち上がり、笛を胸元にしまい込む。
「明美姐さん…!」
にこりと笑う明美。やっぱり少しやつれたようだ。
「お前がここにおると聞いてな。すまぬな、またこんなことになってしまって……。」
「いえ、私があんなことをしたせいですから……。」
「いいや、お前は間違ったことはしていない。お前はまだ、客を取らない見習いなのだから、あれでいいのですよ。……とはいえ、この有様では、到底稽古は出来ぬな……。」
勝手場を見渡した明美は、だいたいの状況が目に浮かんで取れた。
この分では遅れを取り戻すのは難しい。ただでさえ、遅れている白鳴に試験など、無謀なことであった。
「お前だけでも、日を置いて試験を執り行うように私から、主に頼んでみよう。」
「お気遣いだけで十分です。」
「そんなことを言って、落ちては冗談では済まされぬぞ?」
試験に落ちれば位もないも、下っ端の下っ端の【散茶女郎】(遊女なら誰でもなれる、安売りの遊女)になるしかないのだ。

