「目が覚めたみたいね」


「だが、まだ体が気だるい。まるで時差ボケだ」



差し出されたコーヒーカップを黙って受け取りひと口含んだ。

ほろ苦さが体の隅々にまで行き渡り、次第に眠気が消えていく。



「彼女、ここに良く来るの? 私がいたら、宗、困るわね」


「彼女って誰だ」


「とぼけないで……宗にもそんな人がいたんだとわかったら嬉しくなったの。

良かったって……」


「あのなぁ」


「理美さん、結婚するそうね。もう彼女への気遣いはいらないのよ。

宗は充分に苦しんだわ」



じんわりと詰問するやり方はコイツの得意とするところで、気がつくと

いつも上手い具合に白状させられていた。



「理美は関係ない。おまえの方こそどうなんだ。もう吹っ切れたのか」


「吹っ切れるわけ……ないじゃない……話を変えないでよ。

今は宗の話をしてるの」


「俺にかまうな」


「でも……」



なおも食い下がる様子を見せたときインターホンが鳴った。

今しがた帰ったひろさんが忘れ物でもしたのだろう。

静夏の尋問をかわすように玄関へと急ぎ、ドアを開けた。

ドアの向こうに現れたのは珠貴だった。



「玄関ホールの前で三谷さんにお会いして開けて頂いたの。

タクシーを待たせているので、ここで失礼します」


「あっ、あぁ……これから羽田に行くんだろう? 忙しいときに悪かったね」


「いいえ、あなたこそお忙しいでしょう。お疲れのようね」


「徹夜明けだ。君の顔を見たら目が覚めた」



ふふっと嬉しそうに珠貴が笑う。

昨夜、頼まれていた品を渡したいとメールをもらったが、今夜は仕事で

抜け出せない。 

明日の夕方なら自宅にいるから来てくれと珠貴に返信したのを忘れていた。



「大事なお品ですもの、直接お渡ししたかったの。

宗一郎さんにもお会いしたかったから……」



包みを手渡しながら、会いたかったと言ってくれた珠貴の手を握った。

はにかんだ顔で見つめられ、握った手に熱が伝わり親密な空気をかもし出す。 

彼女の唇を掠め取ろうと手を引き寄せたとき、廊下から足音がした。