「シャツの色とカフリンクスは対照的な色が好ましいの。

それから、上着の袖口から少しだけ覗くようにね」


「なるほどねぇ、これまで考えたこともなかったな。

君に相談して正解だった」


「お役立ててよかったわ。そうだわ、男性のアイテムも大事よね……

検討の余地がありそうね」



こんな話をしたいわけではなかった。

ほかに話したいことがあるのに、嘘つきな私の口は、いつまでも

カフリンクスのことをしゃべっていた。



「君は何でも仕事に結び付けてしまうらしいね。その意欲には恐れ入るよ」



私のおしゃべりな口に呆れたのだろうか。

ため息をひとつつくと、宗一郎さんは私に背を向けて離れていった。

余裕がないのは私だけ。

久しぶりに顔を合わせ話をしながらも、彼は顔色一つ変えずに淡々としている。

彼に触れて欲しいと思いながら、私はこんなにも必死に気持ちを隠している

というのに……




「さっき……」


「どうしたの?」


「期待してたんだけどね」


「何を?」


「玄関を開けたとき、久しぶりの再会に感動して、

駆け寄ってくれるんじゃないかって」


「まぁ、そうだったの。ご期待に添えなくてごめんなさいね」



背中を見せていた宗一郎さんが、振り向きざまに話をはじめた。

私の思いを見透かしたような問いかけに顔色が変わるほど動揺したが、

彼に気取られないように必死に言葉を繕った。

それにしてもこの言い方は、彼特有の冗談なのか、私をからかっているのか、 

意地悪く微笑んだ口がさらに私を責める。



「駆け寄って抱きしめてくれるんじゃないかって」


「私にはできません。そんなこと……」


「どうして」


「どうしても」


「これ、いる?」



いつの間に後ろ手に取ったのか、右手に写真が握られていた。



「あのお写真ね。見せてください」



駆け寄りたい衝動を抑えながら、ゆっくりと宗一郎さんに歩み寄った。

写真の手を覗き込んだ途端、私は彼の両手に閉じ込められた。



「……写真、見せてくださらないの?」


「あとで」


「お急ぎになるんでしょう? 遅れたら大変よ。

ねぇ、時間がないの。お願い」




私の嘘つきな唇は、さも迷惑そうに心と裏腹な思いを伝え続けていたが、

彼の手は離れるどころか、私を困らせるように背中から肩へのぼり胸元へと

おりてきた。



「俺の負けだな」


「負けって、何に負けたの?」



胸元をゆっくりと探り、私の感情を煽るように指先が彷徨っている。



「自分に……かな。抱きしめたいと思っていたのは俺のほうだ。 

珠貴にすぐにでも触れたいと思いながら、

君の冷静な顔が癪で平気な振りをしてた」


「宗一郎さん……」



胸元からせり上がった手が、確かめるように私の頬を撫でる。



「会いたかった……」



宗一郎さんの口から漏れた正直な言葉に私の心は大きくゆさぶられ、 

胸の奥の震えを止めることができなかった。  





     
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カフリンクス ・・・ シャツの袖口のボタンホールを繋ぐ装身具 カフス カフスボタンとも言う
            (カフスボタンは和製英語)