珠貴に午後の予定を聞くと、「映画を観に行くことにしているの」 と言う。

映画のあとは買い物をしたり、女の休日は忙しいのよと、嬉しそうな顔をして

肩をすくめて見せた。

このあとも彼女と一緒にと考えていたのだが、それは自分だけの思い込み

だったようだ。

珠貴なら休日も充実した一日を過ごすために、それなりの計画を立てて

いるはず。 

今さら付き合ってくれとも言い出しにくく、けれど残念な思いをこぼした。



「そうか。じゃぁ、俺は帰って一人寂しくDVDでも見るよ」


「帰ってって、宗一郎さんもおやすみなの?」


「平岡に無理に休暇を取らされた」


「どうして早く言ってくれないの。宗一郎さんがおやすみだと知ってたら……

ねぇ、これから一緒に映画に付き合ってくださらない?」



平日の昼間の上映だから席の変更も可能だろうと言いながら、珠貴はさっそく

映画館へ問い合わせの電話を始めた。



「席の変更ができたわ。私が観たい映画だけど、男の方でも楽しめるはずよ」 



そういったあと、私を上から下まで眺め、 



「スーツを着替えません?」


「着替えるって……」


「空港内のショップにウチのブランドが入ってるの。

ネクタイをはずしてカジュアルな服に着替えましょうよ」 



私の返事などお構いなしに、楽しそうに午後の計画を立てていく。

映画も服も私にとってはさほど重要ではなく、珠貴が元気を取り戻してくれた

ことに大きな意味があった。

ショップに連れて行かれた私は、彼女と店のチーフによって選ばれた服に

袖を通すことになった。

脱いだスーツは宅配便で自宅に届けてくれるという手際のよさで、

ネクタイをはずした私の姿に、

「やっぱりウチのブランドが似合うわね」 と満足そうだった。




映画館はペアシートが用意されていた。

誰が見ているわけでもないのだが、なんとなく恥ずかしく、突っ立ったまま

座りにくそうにしていたところ、

腕を引っ張るようにして珠貴に座らされた。

腰を下ろすとシートの座り心地はなかなかのもので、程よい間隔で二人が

座れるようになっている。 

平日のせいか周りのシートに客の姿は見えず、貸切のような状態にそれまでの

気恥ずかしさが消えた。



「こんな席は初めてだよ」


「ウソでしょう」


「それ、さっきの仕返し? 本当だよ。映画は一人で観るものだと思ってた」


「私もいつもは一人よ」



シートに深く体を沈め、互いの腕が触れ合うほどに私たちは身を寄せていた。

私もそうだが、珠貴も誰かと行動するより一人で決断し自由に行動する

タイプだろう。

けれど、気ままな自由が寂しい時もある。

今日の珠貴がそうであるように……

彼女の肩が小さく見えて、背中に手を回し体ごと引寄せた。

肩に乗せられた珠貴の頭は、心地良い重みとなっている。

二人とも映画が観たかったわけではない。

誰かと一緒にいたかった、それだけだった。



雨の雫が窓を濡らしはじめ、部屋から見える自慢の夜景も雨粒の中に

霞んでいた。



「さっき……」


「うん?」



後ろにいた珠貴を振り返ると、そのまま前を向いて聞いて、と顔を戻された。



「空港で抱きしめてくれたでしょう。嬉しかった……」


「君が寂しそうに見えた」


「幼い頃、不安なことがあっても抱きしめてもらうと落ち着いたわ。

私、ずっと探していた気がするの」


「何を探してたって?」


「抱きしめてくれる人……」



珠貴の手が後ろから胸元に回され、私の背に頭を預けた。

人肌が恋しい時があるとしたら、こんな日だろう。

その夜、私は初めて珠貴の肌を知った。