宗にメールを送るタイミングを逃したことと、叔母とのランチで不機嫌に

なった私は、会社を出ても真っ直ぐ自宅に帰る気にならず、新年の準備が

始まった賑やかな街へと足を向けた。

何気なく見上げたビルの看板に、映画のワンシーンが大きく載っていた。

そこは、宗と一緒に入ったシネコンがあるビルだった。

あのとき宗は、家族の旅立ちで感傷的になり、心細さを抱えた私のそばに

いた。


”一人が嫌な時だってある そんなときは付き合うよ” 


そう言って朝まで一緒にいてくれた。

今日はまさにそんな日なのに、思うようにいかないものね。

やっぱりメールしてみようかな……

映画の広告を見上げたままの私は、かなり無防備だったのだろう。

背後から近づく足音に、まったく気がつかなかったのだから。

いきなり手を引っ張られ、ビルの入り口へと誘い込まれた。



「宗だったの……びっくりするじゃない」


「空を見上げて、ぼーっとしてるなんて、どうしたんだ? 今夜は一人?」


「宗に会いたくて、メールしようと思ってたの」


「思っただけ?」


「えぇ、まだお仕事だろうと思って……」


「今日はもう終わったよ。珠貴の背中が見えたから、そこで車を降りたんだ」



話をしながら私をエスカレーターに乗せ、手を引いて中へと歩いていく。



「ここに入るつもり?」


「観たかったんだろう? ちょうど良かった。もうすぐはじまるよ」



観たかったわけじゃないの、と言うつもりでいた私に断る暇も与えず、

通い慣れたようにペアシートに案内した。

シートに座ると彼の存在が急に身近に感じられ、腕に手を回し肩に頭を預けた。



「どうした」


「ひとりもいいけど、二人で観るのもいいわね」


「何があったか知らないが、一人が嫌なときは俺を呼べばいい。

前にもそう言ったはずだ」


「ありがとう……でも、こんなところで会えるなんて、

ちょっと感動しちゃった。あはっ、私らしくないわね」



薄っすらと涙が滲んだ顔を見て宗は驚いたようだったが、涙を拭った私の指に

気がつくと嬉しそうな顔に変わった。



「サイズ、直したの?」


「いいえ、ピッタリだったわ。宗ったら、適当に選んだなんてウソでしょう。 

私の指輪のサイズ、蒔絵さんに聞いたのね」


「聞いてないよ」


「本当に偶然なの?」


「そういうことらしいね」



ほどなく上映時間となり、館内は暗闇に包まれた。

肩においた私の耳に、宗の静かな寝息が聞こえてきたのは映画が始まって

すぐのこと。

よほど疲れていたのだろう、映画の終わりまでずっと眠り続けていたの

だから……

けれど、宗の静かな寝息が、私をどれほど安心させてくれたか。


宗に会ったのも、指輪のサイズがピッタリだったのも偶然。

叔母さま、これを偶然と言うのよ…… 

宗の体温を感じながら、心の中で小さくつぶやいた。




二時間の上映後、ビルから出た私たちを冷気が包んだ。

宗は私を抱きかかえて歩きながら 「食事に行こう」 と言い、いつの間に手配したのか、予約したらしいレストランを目指している。


小さな路地に入り人通りのなくなった路上で、彼の手が私の腰を抱き正面を

向け、無言のまま私の顎を上に向けた。

彼の顔見て、目を閉じる間際、宗の顔の向こうに白い雪の粒が見えた。



「雪よ……」


「空なんか見てないで、こっちを見て」


「宗を見上げると、雪が見えるのよ。素敵だわ」



キスを受ける角度は、空から舞い落ちる雪を見るのと同じだったなんて…… 

そんな発見が嬉しくて、キスを遮られ不満そうな宗の顔に、私からゆっくりと近づいた。