「綺麗な人でした。私服の警察官だからすべて控えめで、
化粧だってほんの少しだし、グレーのパンツスーツで何の飾り気もないのに、すっきりと着こなして姿勢が良くて……
彼からの届け物を渡したら胸に抱きしめて……神崎さん、って言ったっきり動かなくなったんです。
しばらくして、彼の思いを届けてくださったことありがとうございますと頭を下げて、涙を手で乱暴に拭くと、彼、元気にしてますかって、笑顔で聞かれました」
「届け物は、そんなに大事なものだったの?」
「いいえ、どこにでもあるお土産物の小さな置き物です。
それでも二人にとっては大事なものかと思って聞きました、想い出の品ですかってね。
そしたら、いいえ、彼がどこかで見つけた物でしょうねって。
あなたが彼の思いを直接届けてくださった、感謝しています、安心しました、これで待てますって、本当に爽やかな顔で答えてくれました。
あの人、彼が品物を私に託した意味を理解していました……
あぁ、私はこの人にはかなわないと、そのとき思いました」
「……静夏ちゃん、辛かったわね」
「そうですね、好きな人が好きになった人を見せ付けられて、諦めろと言われたんですから。
ホント、ひどい人。
でも、彼女に会って、彼への気持ちは報われないと思い知らされたのに、私、好きだという気持ちは消せないんです。
好きだという気持ちは本物だから。
失恋したけれど恋をして良かったと思っています。
珠貴さん……兄を忘れられるんですか。
宗は珠貴さんにとって、そんなに軽い存在ですか」
切り込むように問いかけられ、私は言葉を失った。
宗を忘れられるのか……
考えないようにしてきたことだっただけに、静夏ちゃんの真っ直ぐな言葉に
動揺するだけで、私は俯いてしまった。
「兄は将来を重ねる人ではないと珠貴さんが言っていたと、知弘さんから聞きました。
知弘さん、とても気にしていらっしゃいました。
私から珠貴さんの気持ちを聞いてもらえないかと、そうおっしゃって……」
「そういうことだったの。
静夏ちゃんが私に何か言いたいことがあるだろうと思ってたけど、叔父が頼んだのね」
「頼まれなくても私、聞いたと思います。兄では不足ですか?
それとも、諦められるほど軽い付き合いだったということ……でしょうか」
彼女に隠し事はできない。
偽りを言えば、それを繕うウソをつかなくてはならないからだ。
私の気持ちをわかってもらえるように、言葉を選んで話をした。
「私たちの人生が重なることはないの。
避けられない運命って……あるんじゃないかしら」
「私にはわかりません」
「静夏ちゃん、考えてみて。
家も家族も手放して、二人だけで生きていけるのならそうするでしょう。
でも、私も彼も背負うものがある。それを投げ出すことはできないし、
やってはいけないことなの。
私たちが思いを貫けば、多くの人を巻き込んで迷惑をかけるのよ。
彼も私も会社の中の一部なの。
私たちの勝手な行動で、何人もの人の生活を乱すことにもなるわ。
彼も今はこのままでいい、そう言っていたもの。
どちらかに相手があらわれたら、二人の関係はそのとき考えようって。
もう決めたことよ。想いを残さないためにも彼といる時間を大事にしたい……
彼も私と同じ気持ちだと思うわ」
「それでいいんですか? 珠貴さんも宗も同じ想いを向け合っているのに、
どうして諦めるのか私には理解できないわ」
「そうね、わかってもらうのは難しいでしょうね」
「そんな流暢なこと言ってていいんですか。宗にはいろんな方からお話があります。
昨日も、母が宗の縁談の話してましたから、そのときはもうすぐかもしれないんですよ」
「もうすぐかもね。あまり時間がないわね、私も気持ちを決めなきゃ……
静夏ちゃん、あなたの気持ちは本当に嬉しいのよ。
辛いことを言わせてしまったわね。ごめんなさい」
泣き出してしまった顔にこれ以上の言葉をかけることができず、私は彼女の手を握り締めることで自分の気持ちを伝えた。



