主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

数か月ぶりに戻った晴明邸は、あの頃と何も変わっていなかった。

庭の池には相変わらず女の人魚が泳いでいたし、住んでいた当時沢山植えていた花も枯れていなかったので、山姫がちゃんと世話をしてくれているのだ、と少し冷静に考えることができた。


「まずはその脚を治療しようか。この塗り薬はとても効くんだよ」


「……うん…」


式神にぬるま湯を浸した盥を運ばせて息吹の脚を丁寧に洗ってやる。

ところどころ出血して傷ができている白くて細い脚は見た目よりもかなりひどく、数日は歩くことも苦労するだろう。

痛みも忘れて走らずにはいられなかったこと――ますます沸々と怒りが湧いてきてしまう。


「久々に戻った実家はどうだい?」


「……うん…なんか…ほっとする…」


「このまま帰って来てもいいんだよ。私から十六夜に話をしておこうか」


「……父様…私…寝てもいい?なんか…疲れちゃった…」


憔悴して俯いたまま顔を上げない息吹を抱き上げて畳に下ろしてやり、清潔な手拭いで脚を拭いた後軟膏を塗って丁寧に包帯を巻いた。

少々過保護すぎる手当てだったが、ようやく痛みを感じてきたのか顔をしかめている息吹に痛み止めの薬も飲ませた後、息吹が使っていた部屋に運んであらかじめ敷かせていた床に横たえさせた。


「ゆっくり眠るといい。その薬は眠たくなる効果もあるからね」


「父様…眠るまで傍に居て」


「おやおや、子供のようなことを言うんだねえ。いいよ、手を握ってあげよう。息吹…そなたと暮らしていた頃のことを思い出すよ」


目は真っ赤になり、表情を無くしてしまったかのように笑わない息吹の目は次第にとろんとなり、眠りに落ちてゆく。

その頃にようやく待ち構えていた男の気配がしたが、ここへは入ってこれないように最強の結界を張って煩わせることに成功していた。

晴明はゆっくり腰を上げて庭の見える部屋に出ると、庭には息を切らして切実な表情を浮かべている男が立っていた。


「何をしに来たのかな?今さら誤解を解きたいとでも?」


「…………息吹は…」


「泣き疲れて寝ている。ついでに脚は重傷だ。私が全力を賭して傷痕が残らぬようにするが…そなたとは会わせぬ。もしや金輪際、ということになるかもしれぬな」


「…会わせろ。息吹に会わせてくれ」


「ならぬ。己が息吹に見せた地獄絵図…息吹が忘れるまで会わせぬ」


離れ離れになる。

こんなに好きなのに――