「もおやだ主さま!人前であんなこと…!みんなに見られちゃったよ絶対!馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!」


「…別にいいじゃないか。俺たちは夫婦だぞ」


「でも人前ですることじゃないでしょっ!?もおやだやだやだっ、降ろして!離して!ひとりで帰れるもん!」


主さまに抱っこされたままの息吹は顔を上げるのが恥ずかしくてずっと両手で顔を覆っていた。

もちろん幽玄町に住む住人たちからは好奇の目で見られ、普段姿を現すことのない主さまが往来を歩いていることだけでも珍しいのに、息吹を抱っこ――


「さすがにもうこれで義経は現れないだろう。たかが恋文でお前も浮かれるな。わかったか?」


「だって…嬉しかったんだもん。主さま未だに書いてくれないし。…もういいから離して!」


「ふん」


結局主さまは息吹の要望を受け入れないまま屋敷に着き、庭の花に水遣りをやっていた雪男をむっとさせた。

…いつもの姿に戻った雪男は強敵だ。

主さまの腕に抱かれていた息吹が滅茶苦茶にもがいてようやく腕から降りると、雪男は息吹を背中に庇うようにして主さまの眼前に立ち塞がった。


「なんだお前は。邪魔をするな」


「邪魔っていうか息吹が嫌がってるように見えるんだけど。息吹に何したんだよ」


背中からこっそり主さまを盗み見している息吹にきゅんとしつつ主さまに噛みつくと、主さまは胸に垂れてきた髪を背中側に払いのけて嘲るように鼻で笑った。


「お前に関係ないが教えてやろう。しつこく恋文を送ってきた義経に口づけを見せつけに行っただけだ。息吹、後で部屋に来い」


「…助平なことする気なんでしょ。行かないもん」


完全に警戒されて逆に萌えた主さまはそんな気持ちを綺麗に隠して夫婦共同の部屋に入って行った。


「なんなんだよ。恋文か…。どうせ義経に恋文を貰って喜んで主さまを怒らせたんだろでも口づけって…あの助平が!」


「雪ちゃんどうしてわかるのっ?だって恋文だよ?殿方に恋文なんてもらったことないからきゅんってしちゃったんだもん」


唇を尖らせた息吹が可愛らしく、手桶に入った水を凍らせて氷花を作って息吹の手に持たせた雪男は、冷たい氷花に喜んでいる息吹の耳元でこそりと囁いた。


「じゃあ俺、お前に恋文書く。絶対受け取れよ。約束だかんな!」


「え?えっ?」


戸惑う息吹に舌を出して地下の氷室に駆け込んだ雪男は、心がぽかぽかして溶けてしまうのではないかと思うほどにときめいていた。