主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

主さまは息吹の願いを叶えるべく、屋敷に戻ると潭月と真向かいに座って対峙していた。

愛息と同じ時を持てることで潭月の表情はかなり緩んでいたが…主さまは表情を変えることなく始終からかってくる苦手な父親を冷めた瞳で見つめる。

その間息吹は台所で美味しいお茶を淹れて、楽しそうに鼻歌を唄っている。

台所の方をちらちら見ている主さまの気を引きたい潭月は、座ったままじわりと距離を詰めて顔を寄せた。


「おい、温泉に入った後うちで助平なことをしただろう」


「…なんのことだ、余計な詮索をするな」


「この節操なしめ。部屋に結界を張っただろうが。助平なことをしたんだろう?一体誰に似たんだ」


言い返したかったが的を得ているので黙り込むと、潭月は目尻に皺を寄せて微笑んだ。


…主さまは小さな頃から無口で無表情で、他人と一切馴れ合わなかった。

華月がまさにそのような性格だったと書き残されているので、主さまは華月の生まれ変わりなのではと騒がれて、鬼族の期待を一心に背負っていた。

百鬼夜行の後継者として幽玄町に連れて行った後は、雪男や山姫などの信頼を寄せるに値する妖と出会い、少しだけ表情が増えたような気がしていたが…主さまの下す決断は非情に苛烈で、定めた規則を破ると百鬼であれ殺すこともあるほどに冷酷で、百鬼から不満が出たほどだ。


だが…今目の前に居る息子は、変わった。

苛烈なことに変わりはないのだろうが、明らかに表情は増えて安らいでいるように見える。

現に息吹がお茶を持って来ると、隣に座らせて何事か声をかけてやっているし、笑みも零す。


「お前は華月の生まれ変わりなのではない」


「はあ?いきなりなんの話だ」


「華月は最期まで友と呼べる者は鬼八しか居なかったそうだ。鵜目姫が現れなければ、それなりに親友関係は続いていたのかもしれないな。だが華月は判断を誤ったのだ」


息吹は主さまに湯呑を手渡して、すべての事情を知っているらしい潭月をじっと見つめた。

潭月もまた息吹を見つめて、運命としか言いようのない出会い方をした息吹と主さまの縁を偶然と思えずに、腕を組んで小さく息をついた。


「華月は一切笑うことはなかったそうだ。だがお前は違う。お前と息吹姫は出会うべくして出会ったのだろう。息吹姫…どうか十六夜を今後もよろしく頼む」


頭を下げた潭月に慌てた息吹は潭月よりももっと頭を下げて声を上ずらせた。


「そんな、私こそ!十六夜さんのお嫁さんになれて幸せです。今後もよろしくお願いします」


なんだかくすぐったくなった主さまは、しきりに指で頬をかいて俯いていた。