主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

庭にある井戸で水を汲み上げると、まず息吹が先に顔を洗ってさっぱりする。

その後また水を汲み上げて主さまが顔を洗い、息吹が背伸びをして手拭いで主さまの顔を拭いてやる。

他人に身体を触られるなど周と同様にまっぴらな主さまが小さく微笑んで息吹の好きなようにさせている光景をこっそり障子に隠れて見ていた潭月は、主さまのあまりの変わり様に目を丸くするばかりだ。

だが気配を察した主さまが盗み見していた潭月を発見すると、すぐさま笑みは消えて無くなり、射殺すような視線を向けて息子を猫可愛がりしたい潭月をむっとさせた。


「ひどいじゃないか。何故俺を拒絶するんだ。こんなにも愛しているのに」


「気持ち悪い台詞を吐くな。…近寄るな。なんだその手は」


「抱擁をしよう。今日のところはそれで許してやる」


…おかしな親子の会話に息吹が噴き出すと、両腕を広げて主さまににじり寄っていた潭月は、息吹に爽やかな笑顔を向けてぽうっとさせることも忘れていない。

むっとした主さまに一瞬の隙が生まれると、電光石火の速さで主さまを抱きしめ、息吹がきゃあっと歓声を上げた。


「主さまっ、今の光景素敵!もうちょっとそのままでいて!」


「な…っ、ふざけるな!離せ!本気で殺すぞ!」


はしゃいでいるのは息吹だけで、主さまは潭月を突き飛ばすと息吹を置いて坂をすたすた下って行く。

しょんぼりした潭月があまりにも悲しそうだったので、息吹は主さまの代わりにぺこりと頭を下げて後を追いかけた。


「主さま、潭月さんが悲しそうな顔してたよ。いいの?」


「いいんだ。あいつは昔からああやって俺をからかってきた。あいつとは長い時間一緒に居たくはない」


「からかうっていうか…愛情表現だと思うけど…。きっと主さまと沢山一緒に居たいんだよ。ね、後で一緒にお茶を飲もうよ」


「…」


主さまは無言だったが、せっかく実家に息吹を連れて帰った来たので、息吹の願いにはなるべく沿ってやりたい。

父親を好きではないが、ちょこちょこ後ろをついて来る息吹の手を握り、村の外れにある岩山の祠に着いた。


祠の中は絶えず炎が燈されており、その最奥には華月が祀られている。


鬼八と華月――

親友だった2人がひとりの女を巡って争い、そして絆は引き裂かれて恨み合う仲になった。


息吹は祠の前で小さく頭を下げた。

ここに来たいとずっと思っていた。