主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

「…息吹」


「主さまの助平」


「……」


「助平なのは十分知ってたけど、助平。大助平」


「………」


言い返すことのできない主さまは、急須に茶葉を入れて色が出るのを待っている息吹の背後に立ち、恐る恐る肩に手を乗せた。

息吹は振り返らずにじっとしていたが、過去のことを許すと先ほど言った手前上――この問題を長続きさせるべきではないと思っている。

主さまが愛しているのはきっと自分だけ。

一緒にあれほど苦しんだのだから、簡単に裏切るわけがない。


「言い返せないでしょ。どれだけ女遊びしてたか知らないし知りたくないけど、主さまが気まぐれで私を拾わなかったらずーっと女遊びしてたかもね」


「…そうかもしれないが、そんなことにはならなかったじゃないか。…髪紐が取れた。つけてくれ」


息吹と同じ橙色の髪紐をわざと外して床に落とすと、息吹は仕方なく唇を少し尖らせて髪紐を拾い、背伸びをして主さまの右肩に長い黒髪を寄せて櫛で梳いた。

その間主さまはじっと息吹を見つめていたのだが、息吹はなかなか目を合わせずに黙々と髪を梳いて髪紐をつける。


すると主さまは誰に見られているかもわからない状況の中…息吹の顎を取って上向かせると、いきなり情熱的な口づけをして息吹を硬直させた。


「ちょ、主さ…っ」


「寧たちの前でした方がいいか?お前に無視されるのは堪える。お前の好きなようにしてやる。さあ、願いを言え」


「願いを言えって言ったって……も、主さま…!」


言おうとすると唇を唇で塞がれてどうにもできなくなり、腰が砕けた息吹はへなへなと床に座り込んで両手で顔を覆い隠した。

屋敷の中なら八咫烏を通じて晴明に監視されることはないのである意味好き放題の主さまは、お盆に人数分の茶が入った湯呑を乗せると、皆の集まっている広間に戻り、にこやかに微笑んで寧たちを驚かせた。


「少し寝る。俺たちの時間を邪魔するならば、死を覚悟しろ。用は済んだな?ならば戻れ」


「そんな…十六夜さ…」


寧が主さまの真の名を口に乗せようとすると――主さまの眼光が鈍い光を湛えてぎらりと光った。

嫁候補の女たちは揃って竦み上がったが、まだ両手で顔を覆っている息吹の肩を抱いて悠々と広間を出て行く。

周はまたこそりと笑い、嫁候補の女たちにやんわりと声をかけた。


「まあ、そういうことじゃ。わたくしの息子は息吹姫に夢中で始終手放さぬ。そなたたちの任を解く故、十六夜のことは忘れてどこかへ嫁ぐがよい」


女たちは、がっくりとうなだれた。