主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

しかし――

待てど暮らせど主さまは黙ったままで、最初は気長に待っていた息吹だったが…さすがに堪忍袋の緒が切れて、戸を開けて外に出ると、温泉に向かって足早に歩き出した。


「おい、どこに…」


「主さまに関係ないでしょ。主さまが答えてくれないなら今から絶交だから。絶対話さないんだから」


主さまの顔色が青くなる。

息吹にだけは嫌われたくないし、何せ息吹が怒ると――ものすごく長い。

後はひたすら謝り抜くしか方法が無く、そうなる前に息吹の問いに答えておかないと後々酷いことになるので、主さまは息吹から5歩程距離を置いて後を追った。


「…知りたいのか?」


「……」


「それを知ったとしても、お前は余計怒るだけだぞ。……それでも知りたいのか?」


「………」


息吹から返答はなく、ただ背中から怒気が見えた主さまは、まだ陽が上っていない広場を横切りながら、息吹の手を掴んで立ち止まらせた。



「俺には嫁候補が居た。この村だけで5人は居る。他の村にも数人居る。…数が多いのは、俺が長子として血筋を絶やすわけにはいかないからだ。……だが一向に妻を選ばない俺に業を煮やした母たちが次々に見目の良い女を嫁候補に選んで仕向けてきた。ただそれだけのことだ」


「……ただそれだけのことって…でも手を出したんでしょ?遊んだんでしょ?それも気まぐれ?私を拾った時と同じ気まぐれなの?」


「同じなものか。とにかく俺を信じろ。確かに嫁候補たちと遊びはしたが、お前と出会う前のことだ。今迫られたとしてもそれに応えることはない。…お前だけだ」



息吹の反応を待っていると、肩越しにちらりと盗み見してきた。

主さまは真剣そのものの表情で息吹を見つめて信じてもらえるように祈っていると、息吹は大きく深呼吸をして胸に手をあてた。


「寧さん……胸がとってもおっきかったの」


「…寧に会ったのか?何か言われたか?何かされたのか?」


「お義母様が居てくれたおかげで何もされてないし言われてないけど…主さまってああいう色気のある女の人が好きなんだってことがよーくわかりました」


「だが俺が選んだのはお前だぞ。…色気は無いかもしれないが、お前には愛嬌があるし、それに…か…可愛いと思っている」


「!ちょ…や、やだ主さま!こんな往来でそんなこと言わないで!」


顔を赤くして身を捩る息吹の手を離さないまま、主さまも頬を赤く染めながらさらに言い募る。


「お前だけでいい。だからそろそろ過去の悪事のことは許してくれ」


返事はなかったが、仕方ないと言った態で苦笑した息吹の表情で許してもらえた、とわかった。