主さまが片手で顔を隠して歯を食いしばっている間に、椿姫の長くてつらい過去の話が始まった。
息吹はそれを微動だにせずに聞いていたが、徐々に表情が変わってきて、何度も鼻を啜るようになった。
気丈に気丈にと努めてやって来た息吹だったが――椿姫とは境遇がよく似ている気がして、他人事として聞くことができなくなっていた。
親に捨てられたこと…
妖に拾われて一緒に暮らしたこと…
好きに、なったこと…
そして極めつけは、自分を食うために一緒に暮らしていたのだということ――
話が終わりかけの頃には手拭いで何度も目を拭っていたので、晴明も主さまも息吹が椿姫に共感しているのだとわかって、各々息吹と出会った頃のことを思い浮かべていた。
「そんなにつらいことが…椿さん…」
「…私は酒呑童子を憎んでいます。散々私を食べて…弄んで…甘い言葉をかけて…!妖と最初から気づいていればこんなことには…」
「…そうでしょうか?」
「…え…?」
問い返した息吹の声色には達観しつつもとても優しい響きで、弾けたように顔を上げたのは椿姫だけではなく主さまも同じだった。
息吹は少し身体がつらくなって脚を崩すと、愛しそうに腹を撫でて視線を落とす。
「私は主さまが妖だって知ってたけど、好きになりました。私も主さまに拾われて…食べるために育てられたって知った時は逃げ出したけど、またここに戻って来ました。ねえ椿姫さん…私たち似てると思うんです。それに…主さまと酒呑童子さんも」
「酒呑童子と…主さま…が…?」
「不器用で…ちゃんと想いを口に出せない人なんじゃないのかな。最初はあなたのことを食べようと思って一緒に暮らしてたかもしれないけど…私だってそう。でも主さまは私を食べなかった。酒呑童子さんだってあなたを食べようと思って食べたわけじゃないのかも」
――身体から濃厚な血の匂いがすると晴明に言われた時は、何のことか意味がわからなかった。
自分では感じることができなかったが――酒呑童子は…常に自分が発する血の匂いにさらされていたはず。
ずっと感じていたはずなのに…ぎりぎりまで食わずに優しくしてくれた、あの鬼――
「そんな…そんなことありません!あれは悪い妖です!」
叫びに迷いが感じられた。
息吹はただ微笑して、椿姫の苦悩を共有した。
息吹はそれを微動だにせずに聞いていたが、徐々に表情が変わってきて、何度も鼻を啜るようになった。
気丈に気丈にと努めてやって来た息吹だったが――椿姫とは境遇がよく似ている気がして、他人事として聞くことができなくなっていた。
親に捨てられたこと…
妖に拾われて一緒に暮らしたこと…
好きに、なったこと…
そして極めつけは、自分を食うために一緒に暮らしていたのだということ――
話が終わりかけの頃には手拭いで何度も目を拭っていたので、晴明も主さまも息吹が椿姫に共感しているのだとわかって、各々息吹と出会った頃のことを思い浮かべていた。
「そんなにつらいことが…椿さん…」
「…私は酒呑童子を憎んでいます。散々私を食べて…弄んで…甘い言葉をかけて…!妖と最初から気づいていればこんなことには…」
「…そうでしょうか?」
「…え…?」
問い返した息吹の声色には達観しつつもとても優しい響きで、弾けたように顔を上げたのは椿姫だけではなく主さまも同じだった。
息吹は少し身体がつらくなって脚を崩すと、愛しそうに腹を撫でて視線を落とす。
「私は主さまが妖だって知ってたけど、好きになりました。私も主さまに拾われて…食べるために育てられたって知った時は逃げ出したけど、またここに戻って来ました。ねえ椿姫さん…私たち似てると思うんです。それに…主さまと酒呑童子さんも」
「酒呑童子と…主さま…が…?」
「不器用で…ちゃんと想いを口に出せない人なんじゃないのかな。最初はあなたのことを食べようと思って一緒に暮らしてたかもしれないけど…私だってそう。でも主さまは私を食べなかった。酒呑童子さんだってあなたを食べようと思って食べたわけじゃないのかも」
――身体から濃厚な血の匂いがすると晴明に言われた時は、何のことか意味がわからなかった。
自分では感じることができなかったが――酒呑童子は…常に自分が発する血の匂いにさらされていたはず。
ずっと感じていたはずなのに…ぎりぎりまで食わずに優しくしてくれた、あの鬼――
「そんな…そんなことありません!あれは悪い妖です!」
叫びに迷いが感じられた。
息吹はただ微笑して、椿姫の苦悩を共有した。

