主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

薄暗い蔵の中でだんだん目が慣れてくると、息吹は椿姫の前に正座をして初めてまぢかに顔を合わせた。


互いに、可憐で綺麗な人だという印象を受けていた。


聞きたいことが山のようにあるはずなのに、言葉にならずに息吹が椿姫を見つめていると、椿姫は息吹の大きな腹を見て唇を震わせる。


「お腹に…赤ちゃんが……?」


「はい、主さまの赤ちゃんが。逆子らしくて…」


「主、さまの……?あの…鬼の赤ちゃんを…!?」


椿姫の口調から、妖に対する明確な敵意を感じ取った。

幼い頃から妖と共に育った息吹にとっては椿姫の抱いている感情は理解できなかったが、一般論として妖が良い妖ばかりでないことはわかっている。

彼女はきっと妖にとてもつらいことをされたのだろうと察すると、胎内からぽこんと蹴ってきた我が子を撫でるようにして腹を両手で包み込むと、こくんと頷いた。


「あの人は鬼でもとても優しくて…私を育ててくれました。私を…愛してくれました。主さまのこと…毛嫌いしないで下さい」


「でも妖です!息吹さん…あなたはあの主さまという鬼に騙されているのでは…!?…私のように…私のように騙されて弄ばれて…最終的に食べるために…!」


「椿さん…主さまは違います。どうしてそんなに妖を嫌うの?幽玄町に住んでる妖はみんな良い妖です。…何かつらいことがあったんでしょう?主さまを捕まえて何かをしようとしたんでしょう?…教えて下さい。お願いします」


深々と頭を下げた息吹を前にわなわなと身体を震わせていた椿姫は、妖の妻となって子まで授かった息吹の心情を理解できずにただただ見つめていた。


…ふたりの仲を引き裂いたのは、自分だという自覚もあった。

部屋の隅に座っている晴明をちらりと見た椿姫は、晴明と目が合うと小さく頷いてきたので大きく深呼吸をして、息吹に頭を下げた。


「あなたにも話さなくては…。私が妖を憎む理由…私がここに閉じこめられている理由……全てを」


「椿さん…」


――部屋の隅で晴明の隣に姿を消して座っていた主さまは、息吹の優しい言葉に胸を打たれて俯いていた。


“優しい人だ”と言ってくれるのは、息吹だけだ。


息吹を失いたくない。

子を、失いたくない。


願いが体内で渦巻いていた。