主さまが毎日寝返りを打たせてくれる。
言葉は発さずとも、気遣ってくれて…主さまに触れられる度に、話しかけたいと思ってしまう。
――だがそんな都合のいいことができるはずがない。
自分から離縁を告げたのだから、その気持ちは気まぐれではなかったし、その時の本心だったのだ。
“あれはなかったことにしてくれ”とは言えない。
どんなに好きでも…どんなに、愛していても。
「ねえ…逆さまになったまま産まれてくるつもりなの?でんぐり返しして元に戻った方が楽に出て来れると思うよ?」
夏が過ぎて涼しくなった頃、出産の日も近付いてほとんど動けなくなった息吹は、腹の中の我が子に話しかけていた。
「脚がつっかえて出てこれなくなっちゃうかもよ?お腹の中で大人になるつもりなの?」
ふっと誰かが笑ったような気配がした。
主さまがいつものように姿を消して、いつものように部屋のどこかに座っている――
傍に居てくれるだけで安心感を与えてくれる主さまに内心感謝しつつ、いつも傍にいる式神の童女の手を借りて立ち上がった息吹は、ゆっくりとした足取りで晴明の部屋を訪ねた。
「父様…お願いがあるの」
「おや、動いてはいけないよ。どうしたんだい?」
臨月に差し掛かっていよいよいつ産まれてもおかしくはない息吹にすぐさま歩み寄った晴明が肩を抱くと、息吹は大きな腹を撫でて視線を落とした。
「椿さんに会いに行こうと思って…」
「今この状況でかい?産んでからの方がいいと思うが」
「父様…主さまは今ここに居ない?居る?」
ひそりと小さな声で問いかけると、晴明は少し驚いた風に目を見開いて苦笑した。
「いや、今は居ないよ」
「もうずっとここに毎日来てるでしょ?…ちゃんと話を聞かなきゃと思って…。主さまはきっと“自分のせいだ”って攻めるばかりだろうから、椿さんに話を聞きたいの」
「そうか…そうだねえ、あれは不器用な男だからねえ。では部屋で待っていなさい、すぐ準備をしよう」
「ありがとうございます」
ようやく、決心がついた。
いつまでも優しくしてくれる主さまをこれ以上苦しませないように…
そして自分も想像で苦しまないように――
言葉は発さずとも、気遣ってくれて…主さまに触れられる度に、話しかけたいと思ってしまう。
――だがそんな都合のいいことができるはずがない。
自分から離縁を告げたのだから、その気持ちは気まぐれではなかったし、その時の本心だったのだ。
“あれはなかったことにしてくれ”とは言えない。
どんなに好きでも…どんなに、愛していても。
「ねえ…逆さまになったまま産まれてくるつもりなの?でんぐり返しして元に戻った方が楽に出て来れると思うよ?」
夏が過ぎて涼しくなった頃、出産の日も近付いてほとんど動けなくなった息吹は、腹の中の我が子に話しかけていた。
「脚がつっかえて出てこれなくなっちゃうかもよ?お腹の中で大人になるつもりなの?」
ふっと誰かが笑ったような気配がした。
主さまがいつものように姿を消して、いつものように部屋のどこかに座っている――
傍に居てくれるだけで安心感を与えてくれる主さまに内心感謝しつつ、いつも傍にいる式神の童女の手を借りて立ち上がった息吹は、ゆっくりとした足取りで晴明の部屋を訪ねた。
「父様…お願いがあるの」
「おや、動いてはいけないよ。どうしたんだい?」
臨月に差し掛かっていよいよいつ産まれてもおかしくはない息吹にすぐさま歩み寄った晴明が肩を抱くと、息吹は大きな腹を撫でて視線を落とした。
「椿さんに会いに行こうと思って…」
「今この状況でかい?産んでからの方がいいと思うが」
「父様…主さまは今ここに居ない?居る?」
ひそりと小さな声で問いかけると、晴明は少し驚いた風に目を見開いて苦笑した。
「いや、今は居ないよ」
「もうずっとここに毎日来てるでしょ?…ちゃんと話を聞かなきゃと思って…。主さまはきっと“自分のせいだ”って攻めるばかりだろうから、椿さんに話を聞きたいの」
「そうか…そうだねえ、あれは不器用な男だからねえ。では部屋で待っていなさい、すぐ準備をしよう」
「ありがとうございます」
ようやく、決心がついた。
いつまでも優しくしてくれる主さまをこれ以上苦しませないように…
そして自分も想像で苦しまないように――

