その日の夕方、幽玄町の屋敷に戻った主さまは久しぶりにどこか機嫌がよさそうだった。
最近ずっと機嫌が斜めになっていたのでそっとしておいた山姫だったが、主さまの機嫌を治すことができるのは、息吹しか居ないと知っていた。
「主さま…何かいいことでもあったんですか?」
「…別に」
「あたしは知っているんですよ、息吹と何かあったんでしょう?教えてくれたっていいじゃないですか、けち!」
詰られてむっとしつつも、主さまとしても誰かに話したいという思いがあったので、縁側に腰を下ろして煙管を噛みながらぽつりと呟く。
「……息吹が同じ髪紐を用意してくれた」
「!ぬ、主さま…それは……復縁の合図なんじゃ…!」
「早とちりをするな。…ただそれだけだ。…今はこれでいい」
「…相変らず不器用なんですねえ主さまは…。息吹は主さまが姿を現すのを待っているんじゃないんですか?」
息吹のことに関しては殊更奥手になる主さまは、いつものように強引に攻めていくことができずに伏し目がちになって弱音を吐露した。
「…息吹が怖い。あいつに直接詰られたら…立ち直れない」
「…へたれですねえ…。息吹は優しい子ですよ。主さまが優しくすれば、あの子はもっと優しくなるんです。知っているでしょう?」
「お前に言われずとも知っている。もう口出しをするな」
――最近は息吹が寝れば姿を消したまま隣に寝転んで一緒に寝るのが日課になっていた。
おかげで目の下のくまも取れたし、身体も幾分か軽い。
…ただか女ひとりにこうも弱くなるとは自分自身思ってもいなかった主さまは、徐々に集まり始めた百鬼たちの脇をすり抜けて蔵へと向かった。
鍵を開けて中へ入ると、晴明の札のおかげで血の匂いが全くしない椿姫が顔を上げて頭を下げてきた。
「…居心地はどうだ」
「はい、とてもよくして頂いて…。あの……酒呑童子さ…酒呑童子は今どこに…?」
「…まだ捜索している最中だ。晴明もお前から血の匂いを抜く術を探している。そう急くな」
「はい…。よろしく、お願いいたします…」
酒呑童子は必ず椿姫を奪いにやって来るはずなのに――
あの鬼の行方は、まだわかっていなかった。
最近ずっと機嫌が斜めになっていたのでそっとしておいた山姫だったが、主さまの機嫌を治すことができるのは、息吹しか居ないと知っていた。
「主さま…何かいいことでもあったんですか?」
「…別に」
「あたしは知っているんですよ、息吹と何かあったんでしょう?教えてくれたっていいじゃないですか、けち!」
詰られてむっとしつつも、主さまとしても誰かに話したいという思いがあったので、縁側に腰を下ろして煙管を噛みながらぽつりと呟く。
「……息吹が同じ髪紐を用意してくれた」
「!ぬ、主さま…それは……復縁の合図なんじゃ…!」
「早とちりをするな。…ただそれだけだ。…今はこれでいい」
「…相変らず不器用なんですねえ主さまは…。息吹は主さまが姿を現すのを待っているんじゃないんですか?」
息吹のことに関しては殊更奥手になる主さまは、いつものように強引に攻めていくことができずに伏し目がちになって弱音を吐露した。
「…息吹が怖い。あいつに直接詰られたら…立ち直れない」
「…へたれですねえ…。息吹は優しい子ですよ。主さまが優しくすれば、あの子はもっと優しくなるんです。知っているでしょう?」
「お前に言われずとも知っている。もう口出しをするな」
――最近は息吹が寝れば姿を消したまま隣に寝転んで一緒に寝るのが日課になっていた。
おかげで目の下のくまも取れたし、身体も幾分か軽い。
…ただか女ひとりにこうも弱くなるとは自分自身思ってもいなかった主さまは、徐々に集まり始めた百鬼たちの脇をすり抜けて蔵へと向かった。
鍵を開けて中へ入ると、晴明の札のおかげで血の匂いが全くしない椿姫が顔を上げて頭を下げてきた。
「…居心地はどうだ」
「はい、とてもよくして頂いて…。あの……酒呑童子さ…酒呑童子は今どこに…?」
「…まだ捜索している最中だ。晴明もお前から血の匂いを抜く術を探している。そう急くな」
「はい…。よろしく、お願いいたします…」
酒呑童子は必ず椿姫を奪いにやって来るはずなのに――
あの鬼の行方は、まだわかっていなかった。

