主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

妖艶な美貌の寧は猫のような足取りで息吹の前に立ち、不遜気な視線で息吹の全身を眺め回した。

また息吹も負けじと寧を頭のてっぺんからつま先まで眺め回し、自分の方が劣っていることを認めてはいたが、主さまが選んだのは――自分だ。

だから、無い胸を張ってにこやかにほほ笑んでいると、潭月が噴き出した。


「ふふっ、寧よ、露骨すぎるぞ。息吹姫はなかなかに気立てが良い。お前も十六夜の嫁候補として期待を捨ててはいなかっただろうが、諦める他ないな」


「嫁候補っ!?私…知りませんでした…」


――主さまに嫁候補がいたこと…

候補ということは、寧だけではなく他にも数人居るということだ。

その候補の中から妻を選ばずに自分を選んでくれたことはとても嬉しいが…主さまからはそんな話は一切聞いていない。


「別に知らずともよい。嫁候補の者は皆十六夜に懸想していたが、あれは軽く遊ぶだけで心を寄せることはなかった」


「軽く遊ぶ!?…主さまが戻って来たら問い詰めなくちゃ」


唇を尖らせた息吹の手を引いた周は、立ち塞がる寧の肩を押して脇に追い遣ると、三白眼の切れ長の瞳を光らせて寧を萎縮させた。


「息吹姫に手を出せば十六夜が黙ってはいまいぞ。…わたくしもじゃ」


「周様…!私…十六夜様に選んで頂けるようにずっと努力してお待ちしていたのに…!」


「息吹姫には何の関係もないこと。それに息吹姫の父はあの安部晴明ぞ。恐ろしき仕返しが待っているぞ」


…どうやら晴明の名は轟きまくっているらしく、明らかに寧が頬を引きつらせた。

潭月はずっとくすくす笑っていて、息吹としては主さまに聞きたいことを紙に連ねて全て答えてもらおうと決めていて、思わず周の手をぎゅっと強く握った。


「女遊びをするのは父譲りじゃ。じゃが夫婦になった後も続けているようであれば、わたくしも黙ってはおられぬ」


「多分それはないと思いますけど…でも主さまの周りには綺麗な女性の妖が沢山いるから…」


「そなたもこんなに可愛らしいのだから、そなたに懸想している男位居るであろう?雪男がそうだと噂で聞いたが」


息吹の脚が止まり、つられて周も立ち止まると、ひそりと笑った。


「知らぬと思っていたか?そなたらの暮らしぶりなど筒抜けじゃ」


息吹は肩で息をついて苦笑すると、また3人揃って仲良く肩を並べて屋敷の戸を潜った。