主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

周と共に温泉から上がってほこほこになった息吹は、待ってくれていた潭月に駆け寄っておじぎをした。


「見張ってくれてありがとうございました。いいお湯でした」


「そうか、では十六夜が帰って来たら俺も共に入るとしよう」


一瞬主さまとの約束が頭をよぎったが、息吹はそれには言及せずににこっと笑って潭月を見つめる。

…人の歳で数えればまだ四十代前半にしか見えない潭月は若々しく美しい。

少しだけ違うのは、冷え冷えとした印象を与えがちな主さまとは逆で、潭月はどこか飄々としていて、主さま以上に何を考えているのか全く読めない。

だが顔の作りは全く同じなので、いつか主さまもこんな感じに渋くなるのかと思ったらつい頬が赤くなってしまう。

潭月はそんな息吹の頭に手を伸ばして触ろうとしたが――ものすごい殺気に手が止まり、振り返った。


「おい、今かなりぞくぞくしたぞ。俺を殺す気か」


「お前などいつでも殺せる。息吹姫、今宵はわたくしが茶を淹れてやろう。そなたと団子を食しながら月見をしようぞ」


「はいっ。潭月さんも是非一緒に」


「ああ、団子もさぞ美味いだろうな。十六夜は気立てのいい可愛い嫁を貰えて幸せ者だ。ちなみに周も新婚当初は…」


「黙れ。今すぐその口を閉じぬとお前の悪事諸々全て暴露する」


周に脅されて降参したように両手を小さく上げた潭月につい笑みが零れた息吹は、3人で屋敷へ向かいながら、受け入れてもらえた喜びを噛み締めていた。

古代から続く鬼族の源流とも言える鬼族の長子として生まれた主さまはきっと厳格な家庭で育てられたのだと勝手に思い込んでいたのだが――実際は違うようだ。

周はそれなりに厳しく躾けたのだろうが、それを台無しにする勢いで潭月が主さまをからかいまくったために、主さまは潭月を苦手としていることがようやく理解できた。

息吹にとっては面白くて楽しい義父なので、2人の間に立って仲直りができるかもしれないと新たな目標を立てつつ気合いをいれていると――周が立ち止まった。



「周様…!そちらの女性が…十六夜様の…?」


「…寧(ねい)か。そうじゃ、こちらは息吹姫。十六夜が見初めて妻にして連れ帰って来た。仲良うしなさい」



寧と名乗り出て声をかけてきたのは、腰まで届く黒髪を三つ編みにした気の強そうな若い女だった。

こちらを睨みつけて唇を噛み締めているようすにぴんときた息吹は、背筋を正してやわらかい笑みを浮かべると、優雅に頭を下げる。


「主さ…十六夜さんの妻の息吹と申します。今後ともよろしくお願いいたします」


寧からの返事はない。

これは強敵だと心を引き締めた息吹は、笑みを絶やさずに胸を張った。