主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

襖の隙間から、主さまと晴明が話している声が聞こえる。

それはとても小さくて、小さすぎてどんな会話をしているか聞き取ることができない。


…もちろん主さまの姿も見ていない。

息吹は昼寝をしている若葉の傍に座って髪を撫でてやると、自身を戒めるように何度も呟いた。


「私はもう主さまとは無関係…無関係…」


そうやって自分を騙すことで精一杯。

自分から主さまを振り切ったからにはもう歩み寄ることはできない。

主さまのことは一刻も早く忘れ去らなければならないのに――


「でも…あなたの父様だものね…」


主さまが居なくなってからずっと体調が悪かった。

心配する度に気分も身体も重たくなって、明るく振舞うことができなくて床に臥せった。

そんな日々はもう続けられない。

変わるなら…自分か主さまが変わるしかない。


「主さまには百鬼夜行があるからやめられるわけがない。…変わらなくちゃいけないのは私。…覚悟はしてたのにね…」


静かな環境が必要なので何も考えてはいけない。

息吹が心を落ち着けて茶を飲んでいる時、息吹の部屋の方をちらちら見ていた主さまに今後の話をしようと晴明が口を開きかけた時、童女の姿をとった式神がやって来た。


「晴明様、客人が参りました」


「ふむ、もうそんな時間だったか。中へ通しなさい」


「…?晴明…誰だ?」


「産婆兼薬師だよ。薬は私が処方できるがお産の方は専門外だ。私も学ばねばならぬし、体調の悪い息吹と孫を診てもらわなければ。少々席を外す」


主さまが伏し目がちに俯く。

こんな風に弱った姿を見せることは滅多にないので、ごろりと横になって寛ぎながら主さまを見ずに庭を眺めて諭した。


「時間が必要だ。お前が急くと息吹が逃げる。女子は時として追いかけると逃げるものだ」


「……お前の口上など聞きたくない」


「時には耳を傾けてみた方がいいぞ。それと息吹だが、様子を見に行ってみたらどうだ?姿を消せば晴明も文句は言うまい。もしまだ結界が張られていなかったら行ってみろ」


「……」


さらに落ち着きがなくなった主さまが腰を上げる。

銀は欠伸をして主さまを見送った後、惰眠を決め込んだ。