主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

自分のためというより、腹の中ですくすく育っている我が子のために食べなければならない。

一向に食欲のわかない息吹は時間をかけてでもちゃんと完食するようにしていたので、ゆっくり米を噛み締めながら朝餉を食べていた。


晴明は出かけていて居ない。

そして椿姫はあの屋敷の蔵に居ると言う。

…主さまと椿姫が男女の関係にないとわかっていてほっとしつつもそう思う自分がいやで、箸が止まってしまう。

箸が止まると傍に座っている銀がじっと見つめてくるので否が応にも無理矢理箸を動かさなくてはならない。


「銀さんって…私の監視役なの?」


「さあ、そう思うか?お前の傍に居たいから居るだけなんだが。いやか?」


――銀は女たらしで甘い言葉を平気で囁く。

息吹が顔を赤くすると、銀はもそっと近づいて隣に座るとふかふかの尻尾で息吹の手をくすぐった。


「お前が十六夜と完全に離縁したら本気で口説くかもしれないな」


「主さまとは離縁したもん。でも銀さんに口説かれるのはちょっと…」


「なに?俺の尻尾と耳を触りたくないのか?ん?」


ぐいぐい顔を近付けてくる銀の肩を力いっぱい押して離れさせようと息吹が躍起になっていると――銀がぴくりと顔を上げた。


「ああ、来たか。息吹…来たぞ」


「え?何が?」


「十六夜が来た」


息吹が呆然とした顔をした。

そしてすぐさま箸を置くとせかせかと小走りに廊下を歩いて自室に引きこもってぴったり襖を閉める。


「父様…父様は…」


「十六夜と一緒だ。晴明はお前を最優先に考えているから心配するな。若葉とここに居ろ」


途方に暮れている様子の息吹を部屋に残すのは忍びなかったが、銀は息吹の部屋を出て庭に降りる。


「晴明に受けた毒とあの女の毒がようやく抜けたか。苦しかっただろうな」


「……息吹はどうしている」


「お前が来たと言ったら部屋に逃げ込んだ。つまりはお前に会う気はさらさらないということだ」


「……」


本当にひとりで産む気なのだろうか?

息吹自身も赤子の頃に捨てられたという悲惨な体験をしておいて?


主さまが苦しげに眉根を寄せる。

晴明と銀は何も言わずに主さまの背中を押して屋敷へと招き入れた。