主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

白拍子などにならずとも、近日中には椿姫は胃袋に収まるはずだった。

それに…気まぐれに人の女を抱くこともあるが、あくまで人は捕食するだけの存在で、情を持ったこともない。

だが――


「彼方様……私…怖い……」


「……大丈夫だ。力を抜いて、俺に身を委ねろ」


どうしてこんな展開になったのだろうか?

どうして優しい言葉をかけて安心させてやろうとしているのだろうか?


いつも心地よく聞いている阿鼻叫喚の絶叫は?

苦痛に歪む表情は?

それを求めていたのではないのだろうか?


――紙に雅な透かし彫りが彫られた灯篭の炎を消すと、椿姫の着物にゆっくり手をかける。

少しずつ露わになってゆく肌に緊張感が増して、そして…なんとも言えない良い香りがした。

それも慣れ親しんだ匂いのような気がする。

一体何の匂いなのか考える思考を奪われた酒呑童子は、せめて食うまでは優しくしてやろうと柄にもなく思い立ち、椿姫と肌を重ねる。


…それがいけなかった。


さらに情…愛情が湧いて、食うにはもったいないとまた思ってしまうとどうにもならず、良い香りがしてしかも美女で教養もあって優しい椿姫に心を惹かれる。


「彼方、様……!」


「…しばらくの間、俺と暮らそう。何も心配するな。…俺はお前を白拍子にさせたくない。俺が最善の方法を考えてやるから、それまではここに居ろ」


「は、い……。彼方様…嬉しい…」


心が通じている、と感じた。

涙を浮かべて喜ぶ椿姫と唇を重ねると、頭の芯がくらくら痺れるような感覚に襲われて、もう自分はだいぶ椿姫に参ってしまっているのではないだろうかと感じる。


こんなあばら家で囲うのも忍びない。

彼女に似合うもっと上等な屋敷を用意して、そこで恙なくゆったりと暮らすのがきっと1番よく似合うはずだ。


「椿姫……お前は何故捨てられたんだ?理由を話してくれないか」


「………申し訳ありません。それを語るには心の準備がまだ……」


頑なに口を閉ざす椿姫から聞き出すことを断念した酒呑童子は、腕枕をしてやると染みの目立つ天井を見つめて椿姫を抱き寄せた。


「話さなくていい、どうでもいいことだ。椿姫…」


もうだいぶ参っていた。


誰にも見せず会わせず、閉じ込めて囲ってしまいたいと強く願い、良い香りに酔いしれて眠りにつく。