主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

「なに?十六夜が戻って来ていない?」


明け方、心底驚いたような表情で主さまの屋敷を訪れた銀は、縁側に正座して不安げな表情で見上げて来る息吹にはっとして息吹の頭を撫でた。


「ああいや…少しばかり癖のある強者を追いかけているようだったから、遅れて戻って来るんだろうな。息吹、すまないが茶を淹れてくれないか」


「あ、うん…ちょっと待ってて」


主さまが戻って来ていない――

息吹をこの屋敷に迎え入れてからは毎日ちゃんと戻って来ていた主さまが無断で外泊をしたことなど今まで一度もない。

力なく立ち上がって台所の方へ行った息吹を心配して雪男が追いかけて行くと、それまでにこやかにしていた山姫が険しい表情になって銀に詰め寄った。


「主さまはどうしたんだい?何かあったんじゃないだろうね」


「わからんが…無事であってもらわねば困る。しかしまさか…十六夜が息吹の元に戻らないことなど今まであったか?」


「なかったからあんたに聞いてるんじゃないか!今から百鬼全員で捜しておいで。息吹が心配するだろ、今すぐ行っといで!」


鬼のような剣幕で山姫にけしかけられた銀は、息吹に頼んだ茶を飲むことなく慌てた様子で空を駆けて行った。

結局寝ずに主さまを待っていた息吹の目の下にはくまができているし、よろよろしていて目が離せない。

息吹に付き添いながら縁側に戻って来た雪男は、銀が消えてきょろきょろしている息吹の手を引いて座布団の上に座らせた。


「息吹、少し寝た方がいいって。あの人時々道草食う時があるんだ。最近その癖は出してなかったけど再発したかな」


「え…そうなの?道草って…何してるの?」


「へ?えーと…気持ちよく昼寝ができる河原とか。主さまにも息抜きさせないとな。息吹もそう思うだろ?」


主さまの意外な癖を教えてもらった息吹は、ほっとした表情をして少し膨らんだ腹を撫でた。


「そっか。じゃあ…少しだけ寝ようかな」


「戻って来たら声かけてやるから。お前の目の下にくまなんか作らせたら俺たちが怒られるからさ」


「うん…わかった。じゃあ母様、雪ちゃん、お休みなさい」


雪男は嘘をついた。

山姫はそれを正さなかった。

息吹は嘘を信じて夫婦共同の部屋に戻って行った。


優しい嘘が悲しい嘘に代わるのに、そう時間はかからなかった。