主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

さめざめと泣く椿姫の姿を見る度に、そのやわらかくて白い肌に牙を突き立てたくなる。

その度にやめてと声を上げられど、中毒になったかのように椿姫を毎日食ってしまうのは一体どうしてだろうか?


「…食えど食えど再生する。あの百鬼夜行の主ならば、お前さえ居ればすべての妖は人を食うことなどなくなる…と言うかもしれないな」


「そんな…!お止め下さい…!」


自分が妖に貪り食われている姿を想像してがたがたと身体を震わせた椿姫。

美しい姫に成長した彼女を家から追い出してしまうほどに恐れられ、腫物のように扱われてきた椿姫。

同情はすれど、あれは奇跡のようだったと振り返る酒呑童子。


「お前は自殺するため山野をさ迷っていたが結局方法を見つけ出すことはできなかった。あの時俺と出会わなければお前はどうなっていた?獣と化していたか?」


「……わかりません…」


「親に持たされた自殺用の刀を振りかざして俺に向かってきた挙句、誤って指を落とした傷口から血の一滴も出なかった時…俺は心底驚いた。そしてすぐに生えてきた指を見た時…」


「もうお止め下さい!」


再び椿姫を本堂の中に閉じこめて出会いの一端を語ろうとした酒呑童子の言葉を強い口調で遮った椿姫は、のそりと近寄ってきた酒呑童子にあの時と同じように短刀を向けた。


「私にもう…触らないで…!」


「俺は命の恩人だぞ。だからお前を食う権利がある。まあ…以前の百鬼夜行の主ならばお前さえ居れば…と考えたかもしれんが、俺はお前を誰にも渡すつもりはない。何せお前は美味いからなあ」


「……」


両手で短刀を握って突き出している椿姫の抵抗する姿は、酒呑童子を何故か喜ばせてその鋭い刃を素手で握った。

驚いた椿姫が手を引いた瞬間酒呑童子の掌からは鮮血が滴り落ち、椿姫はその血に焦がれるかのように床に落ちた血の前でへたり込んでしまう。


「妖でも血が流れている。だがお前はなんだ?妖でもないということか?」


「私は人です!」


だが叫んだ言葉とは裏腹に心は虚しく、からんと短刀を床に転がした椿姫を立ったまま眺めていた酒呑童子は掌の傷口を舐めながら中腰になって美しい黒髪をひとふさ手に取って笑った。


「血が出ないなんて、人じゃない。お前は俺の食い物だ。それだけわかっていればいい」


椿姫の口から嗚咽が漏れる。

酒呑童子はそれを喜んだ。