「椿姫…どこに居る?会いに来てやったぞ」
本堂から外に出ることは許されているが、鳥居の外に出ることは許されていない椿姫は、本堂の奥に広がる山林を目的もなく歩いていた。
そこでかかった声に振り向くこともなく、足元に咲いている名もなき花を一輪摘んで頬を緩めていると、肩に大きな手が乗る。
「何をしてるんだ。外に出て行ったかと思ったじゃないか」
「…茨木童子が見張っています。出られるわけが…」
「まだ出て行きたいと思っているのか?俺がお前を見つけなかったら今頃どうなっていたかと何度も話したじゃないか」
隻眼の男は片目を失いながらも美しさを損なうことなくにっこり笑った。
椿姫が膝をついたままじっと右目に走る傷跡を見つめていると、酒呑童子はその場に腰を下ろして細い指で傷口に触れる。
「これか。これは…百鬼夜行の主に傷をつけられた。誰かだと?真の名を知ってはいるが、それを口にすればすぐに見つけ出されて戦いになってしまうから言えないんだ。…あいつは恐ろしい男だ。だが今度こそは俺が…」
この男と百鬼夜行の主とかいう男が出会えば戦いになる――
もしそうなって酒呑童子が敗れた場合…ここから解放されるのだろうか?
そんな願いが奇しくも顔に出てしまった椿姫の表情を見て噴き出した酒呑童子は、手を引いて立ち上がらせながら泣き黒子をつっと指でなぞる。
「今は雲隠れ中でまだ戦うことはない。だが俺の仲間たちは南下している。決戦の時はお前も一緒に都へ連れて行く」
「え…?私を…都に帰して下さるの…!?」
「ははっ、違う違う。お前は俺の食い物だから、俺が移動すれば一緒について来るに決まっているだろうが」
期待を裏切られてがっくり肩を落とした椿姫の腕には全く力が入らず、酒呑童子は強い力で椿姫の手を引っ張りながら身体のどこにも傷の残っていない椿姫を不躾でない程度に眺める。
「俺が何度食ったとてお前は痛みも感じず、血も流れることがない。お前は俺の食い物として生まれて来たんだ。きっとそうに違いない」
「違います…!こんな力…こんな力があるから私は…!」
「お前の血肉は俺のもの。誰にも食わせず、俺だけの物でいろ」
甘く囁く声。
だがその言葉の欠片も椿姫の心を動かすことなく、草の上にぽとぽとと涙が落ちた。
本堂から外に出ることは許されているが、鳥居の外に出ることは許されていない椿姫は、本堂の奥に広がる山林を目的もなく歩いていた。
そこでかかった声に振り向くこともなく、足元に咲いている名もなき花を一輪摘んで頬を緩めていると、肩に大きな手が乗る。
「何をしてるんだ。外に出て行ったかと思ったじゃないか」
「…茨木童子が見張っています。出られるわけが…」
「まだ出て行きたいと思っているのか?俺がお前を見つけなかったら今頃どうなっていたかと何度も話したじゃないか」
隻眼の男は片目を失いながらも美しさを損なうことなくにっこり笑った。
椿姫が膝をついたままじっと右目に走る傷跡を見つめていると、酒呑童子はその場に腰を下ろして細い指で傷口に触れる。
「これか。これは…百鬼夜行の主に傷をつけられた。誰かだと?真の名を知ってはいるが、それを口にすればすぐに見つけ出されて戦いになってしまうから言えないんだ。…あいつは恐ろしい男だ。だが今度こそは俺が…」
この男と百鬼夜行の主とかいう男が出会えば戦いになる――
もしそうなって酒呑童子が敗れた場合…ここから解放されるのだろうか?
そんな願いが奇しくも顔に出てしまった椿姫の表情を見て噴き出した酒呑童子は、手を引いて立ち上がらせながら泣き黒子をつっと指でなぞる。
「今は雲隠れ中でまだ戦うことはない。だが俺の仲間たちは南下している。決戦の時はお前も一緒に都へ連れて行く」
「え…?私を…都に帰して下さるの…!?」
「ははっ、違う違う。お前は俺の食い物だから、俺が移動すれば一緒について来るに決まっているだろうが」
期待を裏切られてがっくり肩を落とした椿姫の腕には全く力が入らず、酒呑童子は強い力で椿姫の手を引っ張りながら身体のどこにも傷の残っていない椿姫を不躾でない程度に眺める。
「俺が何度食ったとてお前は痛みも感じず、血も流れることがない。お前は俺の食い物として生まれて来たんだ。きっとそうに違いない」
「違います…!こんな力…こんな力があるから私は…!」
「お前の血肉は俺のもの。誰にも食わせず、俺だけの物でいろ」
甘く囁く声。
だがその言葉の欠片も椿姫の心を動かすことなく、草の上にぽとぽとと涙が落ちた。

