主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

酒呑童子一派は徐々に南下し始めていた。

北への勢力を広げた後、しばらくの間は動向が無かったが――徐々に南下していることを銀から聞いた主さまは眉をしかめる。

南下するにつれ、彼らが通る道にあたる村々は襲われて人ひとり居なくなる。

そんなことが続くにつれ、さすがに人間も気付き始めて南へ南へ逃げる人々が増えて来たと聞かされると、主さまはがりがり髪をかき上げて舌打ちをした。


「…もういくつ目だ?」


「襲われた村か?そろそろ20になるか…。人間も対策を講じ始めて家から出ないようにしているが、俺たち妖に通用しないこと位知っている。それでも外に出て目をつけられるよりは…というところだな」


「酒呑童子から声明は出ていない。本当にここへ来る気か?」


「恐らくはな。連中らを見つける度に聞き出そうとしたが口を割らないから殺している。何か困ったことでも?」


「いや、それでいい。…俺が北へ行って…」


昼寝している息吹の代わりに庭の花に水遣りをしてやっていた銀は、なんとかよちよち歩けるようになった若葉が後追いしてふらふら歩いているのを目を離さずに注意しつつ、尻尾をふりふり。


「問題ない。万が一お前が離れている間に息吹が襲われでもしたらお前は発狂するだろうしな。いちゃいちゃしながら俺たちが奴を引きずり出すのを待っていろ」


「…いちゃいちゃなんかしていない」


反抗したが、聞く耳持たずの銀はそろりと襖が開いて顔を出した息吹にふりふり尻尾を振って息吹の顔を輝かせた。


「ぎ、銀さん!尻尾…!お耳…!」


「おお息吹か。腹はどうだ?まだよくわからないが膨らんでいるのか?よしよし、俺が撫でて…」


「勝手に触るな。銀、報告はもういい」


息吹の前では酒呑童子の件を伏せている主さまも配慮を知っている銀は、じりじりと近付いて来て両手で尻尾を鷲掴みにしてきた息吹の頭を撫でて頬を緩めた。


「俺はお前のことを妹のように思っている。十六夜もだろうが、俺もお前をしっかり守ってやるからな」


「うん、ありがとう銀さん。えへへ、お兄ちゃんができちゃった」


照れて尻尾の毛が逆立つまでもみくちゃにしてくる息吹と笑い合っていると、主さまはぴりぴりしながらも邪魔をせず火のついていない煙管を噛んだ。