少しばかり寝たふりをして息吹のふかふかの膝枕を堪能した主さまは、八咫烏の真ん中の脚に荷物を括りつけ直している息吹の肩を抱いて驚かせた。


「ぬ、主さま?どうしたの?」


「…俺の親父は変わり者で性格が悪い。今日交わした約束を明日“そんな約束はしていない”などという男だ。…もし親父に何かされたり言われたりしたら…」


「じゃあ主さまは外見じゃなくて中身もお義父様似ってことだね。大丈夫だよ、主さまで扱い方は慣れてるから」


「なんだと?俺が親父にそっくりだとかどの口が…」


「じゃあ八咫烏さん、よろしくお願いしまーす!」


「かあーっ」


逃げるように先に八咫烏の背中に乗り込んだ息吹が悪戯っ子満載に舌を出して挑発すると、主さまは怒る気も失せて今度は息吹の前に乗り込み、息吹が腰に腕を回してくると、少し頬が赤くなるのを感じていた。


「主さま怒ったの?こんなことで怒んないよね?とにかく大丈夫だから。主さまのお義父様とお義母様に気に入られるように頑張るから」


「頑張らなくてもいい。ようやく俺が妻に迎える気になった女を連れて帰るんだ。それにお前は…文句のつけようがない、と思っている」


「主さま……やだ、恥ずかしいっ」


「て、照れるな!八咫烏、速度を上げろ」


息吹の照れが伝染して顔が真っ赤になってしまった主さまの耳が赤くなっていることに気付いた息吹は、主さまの細い腰に抱き着いて背中に頬を寄せると、終始無口になってしまった主さまを気遣うことなくくすくすと笑ってさらにむっとさせた。


「お前…笑い過ぎだぞ」


「だって主さま可愛いんだもん。あっ、そうだ!お義父様とお義母様の前では主さまのこと“十六夜さん”って呼んだ方がいい?」


問うと主さまの背中が震えたのがわかった。

…こうして真実の名を呼ぶ度に喜んでくれる主さま――

なかなか態度には表さないけれど、そんな主さまが好きな息吹は、また小さく十六夜さん、と呼んでみた。


「…好きにしろ」


「うん、じゃあ使い分けるね。ねえ主さま…若葉は大丈夫かな。母様にお守りをお願いしてきたけど心配なの」


「山姫も雪男も銀だって居るだろうが。元々は銀が父代わりを願い出たんだぞ。若葉はお前の子じゃないんだ。ちゃんと割り切れ」


「ふんだ。主さまの意地悪」


会話を交わしている間に、以前見たことのある大きな高千穂峰という山が見えてきた。

霊峰として有名なその佇まいは荘厳でいて、険しくも美しい。


八咫烏が高度を下げ、ひとつの集落を視界に捉えた。