主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

息吹はもう平安町に戻って来ない――

翌朝晴明からそう聞かされた道長と義経は肩をがっくり落として落胆したが、相模はそっか、と呟いた後笑った。


「息吹はあの主さまって妖と一緒に居る時が一番可愛いから俺はそれでいいと思う。幽玄橋に行けば会えるんだろ?だったら俺はそれでいいや」


「相模様……」


淡い期待を抱いていた道長と義経は晴明が笑ってしまうほど落ち込んでいたのだが、晴明はいつものように巻物に目を落として何事もなく平常心だ。

晴明は平安町と幽玄町を出入りできるのだからと2人がじとっと見つめていると、晴明は妙案だと言わんばかりの笑顔を浮かべてぽんと手を叩いた。


「そのように息吹が恋しいならばいっそのこと幽玄町の者になってしまえばよい。悪行を行えばすぐに百鬼に食われてしまうが息吹の傍に居ることは適うやもしれぬぞ」


「そ、その案はちょっと…」


「息吹の傍に居たいということは常に主さまにいつ殺されてもおかしくないということだ。その覚悟があるならばいつでも私に請うがよい。ただし全てを投げ打つ覚悟が必要だが」


顔を見合わせた道長と義経は相模を連れてそそくさと退散した。

巻物を机に置いて息をついていると、山姫がお茶を持って床に散乱した巻物を見てぴりっとした声を上げる。


「なんだいこの有様は。あの連中はやっと帰ったんだね、息吹のことは早く諦めてほしいのに」


「諦めきれぬ想いは私にもよくわかる。だがこうして叶えたぞ。だからそなたが今ここに居るのではないか」


「あ、あたしを引き合いに出すんじゃないよ!…で、晴明…ちょいとあんたに相談があるんだけどいいかい?」


「そなたから相談?それは珍しいな、心して聞くとしようか」


袖を払って畏まった晴明の前に座った山姫は、何度も念押しをしながらもごもごと口を動かす。


「ただ遅れてるだけかもしれないし誤解かもしれないんだけどねえ…だからこれはあんたとあたしだけの秘密にしていてほしいんだ」


晴明は口が固いので疑ってはいなかったが、母代りとして見逃せない事態になりそうなことは父代わりの晴明に伝えなければならない。



「主さまにも言うんじゃないよ」


「くどい。そろそろしびれを切らしそうなのだが」


「息吹が…妊娠してるかもしれないんだ」


「………なに…?」



思わず晴明が聞き返すほど想像していない事態だった。