主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

「な、なんか…緊張するね。ちょっとお酒貰って来るから待ってて」


「あ、おい……」


止める間もなく息吹が部屋を出て行ってしまい、伸ばした手は大切なものを掴めず袖の中に引っ込めた。

そわそわしてなんとなく机の引き出しを開けてみると、そこから主さまの眉間に皺を寄せる代物が出てきた。


「……雪男からの恋文…」


「主さまお待たせ。…あっ、そ、それは…」


「…あいつ…未だにお前を口説いているようだな。この機に乗じて俺からお前を奪い取るつもりだったんだろう」


数本の徳利を乗せたお盆を畳の上に置いた息吹は正座をして主さまが握りしめていた文を返してもらうと、にっこり微笑む。


「情熱的でしょ?主さまがくれた文は恋文っていう感じじゃなかったし、雪ちゃんや義経さんは何度か恋文をくれたよ。あと道長様も。みんな私が離縁するかもしれないって知ったら同情してくれて夫婦になろうって言ってくれたの。優しいよね」


主さま、内心舌打ち。

彼らは同情からではなく本心から息吹を妻にと考えていたのだろうが――こういう時息吹が鈍感な点があるので助かる。

疲れたような吐息をついた主さまが座椅子にもたれ掛ると、息吹は主さまの手に徳利を持たせて酒を注いだ。


「こんな風に夜一緒に居られるのってなかなかないことだよね。私が誤解して飛び出して行ったから…」


「もうその話はいいから謝るな。俺はお前の倍以上謝らなければいけなくなる」


――2人共、久しぶりに互いを間近に見ていた。

主さまは息吹のやわらかくて白い肌ややわらかそうな唇…愁いを帯びたやわらかい眼差しに釘付けになる。

息吹は主さまの大きくてごつごつした手や少し着崩した濃紺の着物から見える硬そうな胸、そして切れ長の黒瞳に釘付けに。


山あり谷ありの試練があってようやく夫婦になれたというのに、些細なことで…しかも勘違いで離縁するだのすったもんだしたことを2人共に後悔して言葉を失っていた。


「…触れていいか」


「え?い、いいけど…どこに!?」


「固くなるな。せっかくやわらかそうなのに台無しになる」


本当は優しく唇を重ねたかったのに、意志とは裏腹にぶつかるように荒々しく息吹の唇を奪った。

一瞬固くなったが応える唇――

部屋に鬼火が漂う。

縺れ合うように倒れ込んで、吐息が部屋に満ちた。