主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

真剣な顔をしてひと針ひと針大切そうに腹巻を塗っている息吹から少し離れたところで読書のふりをしていた主さまは、さも凝ってますと言わんばかりに首や肩の骨を鳴らした。

すると息吹がぴくっと反応するので、それが嬉しくて定期的に骨を鳴らしてみる。

…話しかけてくる気配はないが、こちらからは話しかけないと決めた。

ただ今は…こうして距離があろうとも隣に居られるだけでいい。


「いたっ」


力を込め過ぎたのか、時々針で指を突いてしまうらしく血の滲む親指を吸っている息吹をちらっと盗み見た主さまは、息吹からとても甘くて良い香りがするので密かに鼻を鳴らした。

もう人は食わないと誓っていた。

時々息吹の肩を噛んだりしているのは単に所有印をつけたかっただけなのだが――執着のあまり息吹を齧ってみたいと思うこともままある。

現に今息吹からはとても良い香りがして、飢えているわけではないのだが 喉が渇くような感覚に襲われた主さまは、また針で指を突いたのか声を上げた息吹の左手を掴んだ。


「きゃっ!?」


驚いた息吹の表情にいつ縁側から立ち上がって息吹の前へ行ったのか――記憶すら残っていない主さまは、血の球が浮かんでいる息吹の人差し指を握り、口元に運ぶ。


「ちょ……主さ……」


吸われる指。

主さまはじっと息吹を上目遣いに見つめたままで、息吹は時が止まってしまったかのように主さまを見つめ返す。


「!いたっ」


「……」


血が出ない程度にがりっと人差し指を甘噛みした主さまは、息吹の人差し指を解放して夫婦共同の部屋へと入って行く。

襖が閉められたと同時に息吹は縁側に倒れ込んでしまい、真っ赤になった顔を両手で覆っていた。


「い、今の……なに…?」


人差し指には主さまの牙の痕。

血はもう止まっていたが、ただ単に血が吸いたかっただけなのか、なんなのか――


どきどきする。

数日前まではあんなに怒っていてもう2度と主さまとは口を利くものかと憤慨していたけれど…主さまはいつだって言葉足らずで、不器用だ。


「……私…帰らなくちゃ」


ここに居るとなし崩しに主さまを許してしまいそうになる。

好きだけれど、今は離れている時。


後ろ髪引かれる思いで縫いかけの手拭いを胸に抱いた息吹は主さまの屋敷を後にした。