主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

しばらくして息吹が裏山から降りて来ると、そわそわしていた主さまは縁側にどっかり腰を下ろして本を読むふりを開始した。

縁側に座っている主さまを見つけた息吹は一瞬脚を止めたが、山姫に手桶を渡して井戸へ行って脚を洗うと、早速すり寄っていった雪男と談笑する。

すぐさまそわそわがいらいらに変わった主さまは、小さな舌打ちをして鼻を鳴らす。


息吹が口を利いてくれるのを待つ、といった受け身の体制なわけだが、離縁の言葉を言いだされるのも怖い。

結局は息吹の何もかもが怖くて、だが愛しくて――雪男と一緒に庭の花の水遣りをしている息吹をちらっと見ると、物憂げなため息をついた。


…主さまが物憂げな表情で本を読んでいるのを何度もちらちら見ていた息吹は、どきどきしてまともに直視することができない。

綺麗で儚げな人だから、ため息をつかれると余計になんだか悩ましくて…

水遣りが終わると主さまから少し離れたところで腰を下ろして、縁側に置いてもらっていた持参の風呂敷を膝に乗せた。


「息吹、それ何が入ってるんだ?」


「これ?これはね、昨日地主神様のところに行った時祠に置いてあったの。そのまま置いて帰ろうとすると風が吹いて私の足元や背中に張り付くから持って帰ってたんだけど…貰ってもいいと思う?」


「いいんじゃね?お前がいつも綺麗にしてくれるからその礼だろ」


「父様はこの手拭いで何か作ったら、って言ってくれるんだけど…。私寝相が悪いからこれで腹巻でも作ってみようかなって思ってるんだけど」


腹巻と聞いてついふっと笑ってしまった主さまは、自分が笑ったせいで会話が途切れてこちらを凝視されている気がしたので、咳払いをして本に目を落とすふりをした。

どうやら息吹は少し長居をするつもりらしく、山姫から裁縫道具を出してもらうと、晴明の屋敷でやらずにここでその腹巻を縫おうとしていた。

だが雪男は息吹にべったりでしきりに話しかけているし、主さまをとてもいらいらさせてその場から立ち去ろうと腰を上げかけると、息吹が針に糸を通しながら口を開いた。


「雪ちゃん、私少し集中したいからひとりにしてもらってもいい?ごめんね」


「えー?まあ…仕方ないか…。じゃあまた後でな」


不満たらたらな雪男が地下の氷室に消えて行くと、息吹は白い手拭いを腹巻に変えるべく縫い始める。

…とても静かな時間が訪れた。