主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

早朝身支度を整えて晴明の部屋を訪れると、珍しいことに晴明はまだ眠っていた。


「父様…父様、地主神様のところに行ってきます。朝餉を用意したからちゃんと食べてね」


そっと声をかけて襖を閉め、無人の牛車に乗って幽玄町へ走り出した頃、ようやく晴明は起き上がって庭を見渡せる広間へ行き、息吹が用意してくれたあたたかい朝餉を頂いた。


「十六夜め、あれほど触れてはならぬと言ったのに…こらえ性のない奴だ」


主さまが息吹に触れたのはわかっている。

とりあえずは脅しをかけてみたが、愛しさを抑えることができなかったであろう主さまが息吹に触れないままのこのこと引き下がるとは最初から思っていなかった。


「さて、今日はどうかな?」


晴明がほくそ笑んでいる時、幽玄町の最奥にある主さまの屋敷に着いた息吹は、夫婦共同の部屋の障子が少しだけ開いていることに気が付いて、脚を止めた。

…中を覗き込むには抵抗があったので、庭を歩き回って花を愛でているふりをして何とか隙間から中を見ようとする。

すると、いつも一緒に寝ている床と掛け布団が見えた。

そして主さまの脚も…見えた。


「…帰って来てたんだ…。………お疲れ様でした」


顔までは見ることができなかったが、恐らく眠っているのだろう。

話しかけたり直接会ったりするのはまだ覚悟が要ったので、井戸で水を汲んでお供え物を入れている風呂敷を持って裏山へ向かった息吹の気配が去ってゆくと、主さまが起き上がる。


「…息吹…」


少なからず、息吹は地主神に会いに毎日通ってくる。

声を聞けるだけで今は幸せで、息吹に告白する前、いつもこうしてそわそわしながらいつも待っていた日々が懐かしい。


「主さま、息吹が来ましたよ。今日も話しかけないんですか?」


「…うるさい。俺からは話しかけない」


「意固地ですねえ。とにかくあたしは離縁反対派ですから。百鬼たちもそうですからね。喜んでるのは雪男と晴明くらいなもんですよ」


縁側からそう声をかけてきた山姫に対して鼻を鳴らした主さまは、息吹が戻ってくるのを今か今かと縁側に出て待ち受ける。

…声をかけるつもりはないが、姿くらいは見せたいし、見たい。


ただ待ち受けているのは自分だけではなく、雪男であったり山姫であったり猫又であったり…競争率が激しい。


「…早く降りて来い」


そわそわ。