主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②

息吹の部屋に近付く度に頬が熱くなっていくのを感じる。

先程晴明に話したように、息吹に“怖い”や“嫌い”と思われるのは、身を引き裂かれるような苦痛を伴うだろう。

せっかく夫婦になったというのにまたもや女絡みで息吹を悩ませてしまっている自分自身が不甲斐なく、どうしてあんな生き方を今までしてきたのだろうという後悔の念が押し寄せる。


「……息吹…」


そっと襖を開けると――足元には息吹が蹴って丸まった布団が。

一緒に寝ている時はそんなに寝相が悪いと感じたことはないが、息吹は赤子の頃から寝相が悪かった。

それを思い出した主さまは、ふっと微笑して傍らに座ると、気持ちよさそうに眠っている息吹の寝顔を見つめた。


…寝顔からは思い悩んでいる節は無い。

だが屋敷で胡蝶に押倒されている姿を見た時の息吹の顔――忘れることができない。

父が…潭月が正室の母ではない女に生ませた胡蝶は、長らく自分を恨み、父を恨み…世界を恨んでいた。

女だからとか、百鬼夜行を率いる力がないとか、幼い頃から散々言われて育ってきたのだから、まっすぐな性格のまま育つはずもない。

そしてその嫌がらせが最高潮に達した瞬間を息吹に見られたこと――どう息吹に説明すればいいのか。



「息吹…俺が愛しているのは…お前だけだ」



愛しい、と感じたものはひとつしかない。

まさか気まぐれで育てた赤子に惚れるなど予想もしなかったが…息吹は宝物だ。

たったひとつの。


「う……ん…」


こちらに寝返りを打った息吹の頬に手を伸ばしかけて、触れてはならないと念を押されていたことに気付いたが――主さまは晴明に怒られる覚悟で息吹に顔を寄せて…可憐な唇に口づけをした。


息吹には、欲しいものがまだまだ詰まっている。

そして自分には、息吹をまだまだ幸せにできる可能性があるはずだ。



「…お前が再び俺に会いたいと思ってくれるまで…待つ。その代り…俺はあまり気長じゃない。耐えられなくなったら…攫いに来る」



足元でくちゃくちゃになっている布団を身体にかけてやり、部屋を後にした。

その後しばらくすると、息吹の瞳がゆっくりと開く。


「…主さま……」


寝たふりをしていた。

そして、主さまが今も自分だけを愛してくれていることを、確信した。